エピソード5 Sunday Market
ルースのある日曜日。
私はちょっと早起きをして野菜を買いに、サンデーマーケットへ向かった。葉っぱが付いたニンジンや土の付いたほうれん草を購入し、ふらふら歩いていると、香ばしい良い匂いが漂ってきた。
いろんな種類の豆がガラス瓶に敷き詰められていて、その奥でコーヒーを入れている人がいた。メガネをかけて、こだわりのある紳士といった風情の店主。とても静かで滑らかな動きに見とれそうだった。
私はコーヒーの事はよく知らないけど、なんとなく美味しそうで、値段もお手頃。私は豆をじっと見た。くんくん。呼吸をする度、コーヒーの香りでリラックスした。
「どんなのがお好みかい?」とその人は私に声をかけた。
「そうね、香ばしくて渋くて、少し酸味があるものが飲みたいわ」と応えた。
「それならこれだね。」彼は深炒りマンデリンを指差した。豆を挽いてもらい、200 g購入した。「ありがとう。」と言って歯茎を、グリッとむき出して笑った。「良い一日を。」店主もメガネの奥の瞳が微笑んでいた。
野菜やパンやお菓子などの食糧品コーナーを抜けると、アクセサリーや雑貨を売るエリアがある。絵や置物などのアート作品も売っている。ここにしかない物たちで溢れていて、見てるだけでウキウキしてくる。カラフルで不思議な、鳥の形の置物に目が釘付けになった。木彫りかな。何種類かあるけど、一つとして同じ形のものはない。どれも彩色が独特だわ。足の裏にO・O・DODOと彫ってある。「これ素敵!」と言うと、さっきコーヒー豆を買った時と同じ人がいることに気づいた。さっきの人かな?でもメガネしてないし。
「ありがとう!いい味出してんだろ、これ!あんたが今日初めての客だよ。いや〜嬉しいね。ブラザーに今から伝えに行きたいな」と言った。「え、ブラザー?」と戸惑っていると、「いくらで買ってくれる?」突然背後から声がした。振り向くとまた同じ人物。今度はメガネをかけている。
「先程はコーヒーをどうも。コーヒーとは別で、趣味で作った人形を初めて出してみたんだよ。」
あれ、もしかしてそっくりな兄弟なのかしらと考えながら「25ドルでどう?」と聞いた。すると「まいどあり。」と彼は返事をした。「この色合い、見てて楽しくなってくるわ。」
「ありがとう。この近くに俺らの家があって、そこにもっと人形やら小物があるよ。興味があるならウチに来なよ。」と私の前にいる人が言った。「あ、紹介忘れてたけど、俺はダニエル。みんなからはディーディーと呼ばれてる。後ろにいるメガネは兄のオスカー。彼はオーオーと呼ばれてるんだ。君は?」とダニエル。「わたしはルース。あなたの作品、とっても気に入ったわ。他の作品も見たいわ。」と初対面で他人の家へ行く事はちょっと怖いと思ったけど、それより木彫りの置物と、この兄弟への興味が優ってしまった。「俺はコーヒー豆の店仕舞いをしないといけないからディーディー、この子をうちまで案内をしてくれ」とオーオーは言って、いつのまにかその場から消えていた。
「それじゃ、俺らの家へ行こう。」ディーディーと私は一緒に歩き始めた。私達はいろんな話をした。ディーディーとオーオーが双子の兄弟であること、2人とも音楽が好きでいつもリビングには音楽が流れていること。2時間ほど歩いて足はクタクタだったけど、時間を忘れるほど、楽しい時間を過ごした。
「お待たせ、ここがそうだよ。」
ようやく、彼らの家に着き、オーオーの作品を見せてもらった。どれも緻密で素晴らしいものだったし、素朴でユーモアもあった。作品を見たあと、リビングでコーヒーを飲んでいると「実はシェアハウスメイトを募集してるんだ。君は俺らと気が合うし、どうかな?」とディーディーは提案した。ちょうど再来月、寮を出る予定があったし、何か日本で言うような縁を感じて、私は「住みたいわ!」と即答した。「でも、ここは大学から遠そうだわ。住所を教えてもらえる?」するとディーディーは住所を紙にサラサラ書いて紙を私に差し出した。それを見て私は仰天した。なんと、大学から徒歩10分の場所だったのだ。あのマーケットからだって15分ぐらいの距離だ。私はディーディーに対して少し不信感を抱きながらも、家賃がいくらか聞いた。ディーディーはこの辺にしては格安とも思える金額を住所が書いてある紙に書いた。私は即答しておきながらも、ふと我に返って冷静になり、悩んでしまった。
するとオーオーが戻ってきた。
「今日はちゃんと道に迷わず帰って来れたかい?こいつ、15分の道を3〜4時間かけて帰ってきたりするから。」と笑ってオーオーは言った。「今日は2時間しかかからなかったよ!」ディーディーは自慢げに答えた。そのやりとりを聞きながら呆れていると、オスカーが「今日は空気が澄んでいて星がキレイだ。みんなで外に出て観察しよう」と言った。星をぼーっと眺めていると、昔、教科書で見たオリオン座がはっきりと確認出来た。今日あった出来事をなぞりながら、もう少し彼らと関わりたいと思った。