生きづらさを感じる社会
ようやく遅ればせながら、こっちのけんとさんの「はいよろこんで」を視聴しました。良い曲ですよね。
軽快なテンポの曲、印象的なサビ、多くの人の胸に刺さる歌詞。YouTubeの公式動画は現時点で既に9,300万回の再生数を超えています。本当に良い曲で、これだけ多くの人に聴かれる理由も分かります。
ただ、一方で、この曲を歌詞と動画を目にしながら、何だか複雑な気持ちになる自分もいました。
この曲は「この世界に生きるすべてのいきづらい人」に向けて歌われた曲で、歌詞も決して明るいものではありません。が、これだけ多くの人から支持されるということは、それだけ多くの人の共感を得ているということです。
それだけ日本には生きづらさを感じている人がいるということに、改めて衝撃を受けて、曲に対する感動よりもこの発見に対する恐怖のほうが優ってしまったのです。
私は31歳のときに仕事を辞めてドイツに戻ってきました。「戻ってきた」というのは、外交官としての最初の勤務地がドイツだったためです。
東京での激務の中で、今まで保っていた心の中の糸がぷつりと切れた気がして以来、何にも身が入らなくなり、この仕事をあと30年も続ける自信がないと思い、仕事を辞めるに至りました。
あの時の自分であれば、絶対にこの曲は心の支えになっていたと思います。
ドイツに戻ってきてから来月で早4年。こういう生きづらさを歌った曲がヒットする社会に違和感を覚えるようになってきたということは、私もドイツの生活と価値観に慣れてきたということかもしれません。
ドイツの生活が全て良いとは決して言いません。何だったら不便を強いられるのは日本よりもドイツのほうがずっと多いです。
ですが、ドイツのほうが人間らしく生活できると思ったのが、ドイツに帰りたいと思った一番の理由だと思います。
私の限られた知識の中では、ドイツ語には「社畜」に該当する単語はないし、生きづらさを歌う歌がドイツでヒットするということもそんなにありません。歌にするなら、なんかもっとこう、人間的な悩みを歌っている気がします。過労やワーカホリックの人は存在しますが、日本の比ではないと思います。
何より、「はいよろこんで」と自分の身を削ってまで他人に奉仕しよう、という考え自体がほぼ存在していません。身体を壊すくらいなら、仕事よりも自分の健康を選ぶ人がこの国には少なくない気がしますし、その選択を受け入れる社会の土壌があります。
私のいつも書いている語学と話を結び付けるならば、語学は別の世界の可能性を拓いてくれる重要なカギとなります。
日本にいると、どうしても日本の全てがこの世の全てのように思えてきて、そこで何とか生きていくしかない、何とか適用しないと、と、視野狭窄に陥ってしまう気がします。真面目な人ほど生きづらい社会だと思います。
日本にいると、外国との接点はどうしても持ちにくいですからね。
しかも、近くの外国も大きな括りで言えば似たような文化圏の国です。
ただ、もっと遠く離れた国に行くと、この世の中には色々な生き方や可能性があることに気づかされます。「日本の常識は世界の非常識」とは使い古されった常套句ですが、本当に、日本では当たり前だと思っていたことが当たり前ではなく、日本では恥や禁忌と思われていることも問題にならなかったりします。ただ外国に行くだけでも異文化に触れることはできますが、より深く知るには、やはり語学が必要となるのです。
一方で、外国との接点を持ってしまうと、元の自分の価値観に戻れなくなってしまうという「難点」もあります。
私の場合は、日本とあまりにも労働環境の異なるドイツという国を知ってしまったがために、日本に帰ってからの勤務はキツいものとなりました。
「いやだなあ、でも周りの皆もしているから仕方ないか」ではなく、
「これが当たり前じゃない国があるのに、自分は敢えてこっちを選んだんだよな・・・」という、他国を知ってしまったからこそ感じる辛さです。
「知らぬが仏」は本当にその通りの言葉だと思います。
最貧国の1つであるルワンダで勤務したことがありましたが、貧富の差を知らない、等しく貧しい一般の人たちは、幸せそうな顔をしていました。
私たち駐在外国人が豊かであっても、彼らは気にしません。
人が不幸を感じるのは、自分と似た誰かと自分を比較しはじめたときです。
そう言う意味では、一切の情報を統制し、海外渡航を制限し、「他国の人たちはみんな自分たちより不幸だ」と国民に伝える国があったとすれば、
そこの民衆は案外幸せなのかもしれません。
歌としてのクオリティの高さや芸術性の高さを脇に置いた上で申し上げると、生きづらさを歌う曲が多くの人の共感を呼ぶ社会は、決して健康な社会とは言えないと私は思います。そういった閉塞的な社会の雰囲気は早く変わって欲しいと心から思いますし、どうせならもっと明るいことをたくさん歌える社会になってほしい。
「ここにしか自分の生きる場所はない」と思い詰めるよりも、
「ここがだめでも他に生きる場所はいくらでもある」と頭の中で考えるだけでも、だいぶ気持ちは楽になると思います。
もちろん、その選択は容易いことではないのですが。
それにつけても、この曲のリズムは小気味良いですね。