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ドイツ国歌を訳してみる

こんにちは!
色んなポップ音楽の歌詞を訳しておきながら、ドイツ国歌を訳したことが無かったので、この機会に訳してみようと思います。

ドイツ国歌である「Das Lied der Deutschen(ドイツ人の歌)」は、1841年に、当時はイギリス領だったヘルゴラントでの休暇中にフォン・ファラースレーベンによって作詞されたものです。休暇中なのに凄く仕事しています。

メロディーには音楽家ハイドンが作った別の曲である「皇帝讃歌」のものを借りてきました。元々はオーストリア皇帝のための曲のメロディーでした。

国歌は「Deutschlandlied(ドイツの歌)」の名でも知られますが、なぜ正式名称が「ドイツ『人』の歌」なのかと言うと、作詞がされた当時はまだドイツ民族が統一国家を持っていなかったためです。

プロイセン人やオーストリア人、それから数多くの領邦国家の人々もみな「ドイツ人」と呼ばれていた時代です。

この歌詞で歌われる「Deutschland(ドイツ)」は今のドイツのことでもドイツ帝国のことでもなく、当時存在した国家連合の「ドイツ連邦(Deutscher Bund)」を意味します。日本語だけ見ると今の「ドイツ連邦共和国」と似ていて紛らわしいですね。

ドイツ連邦は「統一国家」ではなく「国家連合」であり、複数の国々や都市が集まった緩い集合体でした。

ファラースレーベンは、当時は夢のまた夢と思われていた「ドイツ民族の統一国家」に思いを馳せ、この詩を作ったとされます。

しかし、作詞者の思いとは裏腹に、結局は、合意も正当性も自由もないままに保守的な軍事大国プロイセンが武力でドイツ民族の諸邦を併合することで統一国家は実現するに至ったのでした。

さて、この歌が国歌に認定されたのはワイマール共和国時代の1922年。その後、ナチスドイツを経て、敗戦後は一時禁止されたものの、1952年以降は3番のみが西ドイツの国家行事で再び歌われるようになり、再統一後現在に至るまで事実上のドイツの国歌となっています。

「事実上の」というのは、「ドイツ人の歌」を国歌とするという法律は現在に至るまで存在しないためです。国旗国歌法の成立前の「君が代」の扱いと似ていますね。

現在は3番のみが国歌として正式に認められている「ドイツ人の歌」ですが、きな臭さが漂う1番の歌詞も、当時「ドイツ人」と呼ばれる人たちが中東欧に幅広く存在していたことを考えると、その意図が分かると思います。

と言うことで、まずは現在国歌として歌われる3番を見ていきましょう。

Einigkeit und Recht und Freiheit
ドイツ民族の祖国のために
Für das deutsche Vaterland!
統一と 正義と 自由を!
Danach lasst uns alle streben
兄弟のように 心をひとつに 手を携えて
Brüderlich mit Herz und Hand!
我ら皆で いざ目指さん!
Einigkeit und Recht und Freiheit
統一と 正義と 自由とは
Sind des Glückes Unterpfand
これ 幸福の証(しるし)なり
Blüh im Glanze dieses Glückes,
幸福の輝きの中 咲き誇れ
Blühe, deutsches Vaterland!
栄えあれ ドイツ民族の祖国よ!

正式な日本語訳はドイツ連邦外務省のほうをご覧ください。

なお、後述する1番にも「brüderlich」という形容詞が出てきます。
これの名詞形「Brüderlichkeit」は、有名なフランス革命のモットー「自由・平等・博愛」の「博愛」の部分のドイツ語訳に使われます。

つまり「博愛」は「兄弟愛」の意味なんですね。
「自由(Freiheit)」とも合わせて、フランス革命のモットーに似た言葉のチョイスになっています。

当時の自由主義的な風潮、それに共感した作詞者の政治思想を感じさせます。

「Einigkeit」は普通「意見の一致」を意味し、そう言う意味での「1つになること」を表すのですが、ドイツ国歌の訳では通常「統一」と訳されます。

自由民主主義の統一国家ドイツを夢見たファラースレーベンの意図を考えると、確かに「統一」のほうがしっくりきます。

「Recht」も普通は「法」や「権利」と訳されることが多いのですが、この文脈では「正義」と訳れされることが多いです

なお、「das deutsche Vaterland」は敢えて正式名「ドイツ『人』の歌」に合わせ「ドイツ民族の祖国」と訳していますが、普通は「祖国ドイツ」と訳します。今はドイツ連邦共和国という統一国家があり、形容詞「deutsch」の持つ意味も変容していますからね。

現代では「ドイツ民族の祖国」と解すると民族主義的、国粋主義的で大問題を引き起こす気がします。

ともかく、以上が現在国歌として歌われる部分です。

それでは、一番問題となる1番の歌詞を見ていきましょう。

Deutschland, Deutschland über alles,
ドイツよ ドイツよ この世には
über alles in der Welt.
汝にまさる ものは無し
Wenn es stets zu Schutz und Trutze
この国の民が 敵から国を守るため
brüderlich zusammenhält,
皆が 兄弟のように 
von der Maas bis an die Memel,
西はベルギー 東はリトアニア
von der Etsch bis an den Belt.
南はイタリア 北はデンマークに至るまで 絶えず 団結するならば
Deutschland, Deutschland über alles,
ドイツよ ドイツよ この世には
über alles in der Welt.
汝にまさる ものは無し

一見して分かるとおり、かなり無理やり訳してみました。

「über alles in der Welt」は「世界に冠たる」と綺麗に訳されることが多いですが、個人的にはもう少し「全てに優越した」という直訳の意味を出した方が「この歌詞を聴いて背筋がヒヤッとする感じ」が伝わるかなと思い、上のように訳してみました。

川や海峡の名前が出てくる「マース川からメーメル川まで、エッチュ川からベルト海峡まで」は有名ではありますが、地理的なイメージが付きやすいように、敢えて国の名前を出してみました。これも、この歌詞のヤバさが伝わればと思い、意図的にこう訳したものです。

これは当時の「ドイツ連邦」の国境線を表したもので、ファラースレーベンとしては決して帝国主義的意図を持ったものではありませんでした。

しかし、その後ドイツ帝国の成立(オーストリアが「ドイツ」から外れる)や第一次大戦でのドイツの敗北を経て、国としてのドイツの国境線は大きく変わり、今ではこの4つのどれもドイツ連邦共和国の国境線を成していません。

この1番がなぜきな臭いのかと言うと、ナチスドイツが「ドイツ人の歌」のうちこの1番だけを正式な国歌としたこと、突撃隊(SS)の戦闘歌と並べて演奏したためです。

ナチスによって本来の意味を大きく歪められて、その後の時代にネガティブなイメージを残してしまったという点では、本来はインドで吉祥を意味していたスワスティカ(鉤十字)の辿った運命とも似ています。

今の時代、「Deutschland über alles」(全てに優越したドイツ)なんて口にしようものなら、即刻ネオナチ認定されます。そう言えば最近、極右政党の政治家が口にして、裁判で罰金刑になってしましたっけ。
絶対にドイツで言ってはいけないフレーズの1つです。

ただ、1番自体は、純粋に芸術としての意味で演奏・歌唱するのは許されているようです。

最後に、一番影の薄い2番を見ていきましょう。

Deutsche Frauen, Deutsche Treue,
ドイツの女よ ドイツの操よ
Deutscher Wein und Deutscher Sang
ドイツの酒(ワイン)よ ドイツの歌よ
sollen in der Welt behalten
古(いにしえ)よりの その美名を
ihren alten schönen Klang,
この世に 残しつづけたまえ
uns zu edler Tat begeistern
我らを 気高き行いへと 駆り立てたまえ
unser ganzes Leben lang.
我らが 生の ある限り
Deutsche Frauen, Deutsche Treue,
ドイツの女よ ドイツの操よ
Deutscher Wein und Deutscher Sang.
ドイツの酒よ ドイツの歌よ

ここでも「ドイツ」は、ドイツという国というよりは「ドイツ民族の」と言った意味だと思います。繰り返しになりますが、作詞当時には「ドイツ」という統一国家は存在しなかったためです。

ナチス時代に1番のみを国歌とした一方、西独時代以降は3番のみを国歌として歌うことになり、どちらの時代も日の目を見なかった2番は、確かに歌詞としては微妙な感じがします。

「Deutsche Frauen」の特出しは男尊女卑の時代を感じさせますし、歌やワインについては、フランスやイタリアのほうが誉れ高い気がします。

個人的には、ドイツと言えばサッカー、ビール、ソーセージ。でも確かに、気高い行為に駆り立ててくれるかと言うと微妙です。熱狂(begeistern)はさせてくれそうですけれど。

ちなみに、この歌詞は2行ごとに「Sang」「Klang」「lang」「Sang」と韻を踏んでいるのにお気づきでしょうか?

実は3番も「Vaterland」「Hand」「Unterpfand」「Vaterland」、
1番も「Welt」「zusammenhält」「Belt」「Welt」と韻を踏んでいます。

ドイツ語の歌詞は脚韻を踏むものが多いので、だから何だという感じでもありますが、改めてこういう点に気づくと面白いものです。

大変長くなりましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました!


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