【語学】間違えてこそ学ぶ
僕は元々がとてもネガティブ思考な人間なので、思い出も良いことよりも悪いことの方を長く強く覚えてしまいがちです。
でも、こういう自分の性格が、却って役に立つこともあるんだなと思うことがあります。
それは、語学の勉強です。
語学に限らず、何を勉強するにしても言えることかもしれないのですが、自分の知識や能力の至らない点を一番分かりやすく伝えてくれるのが、「失敗体験」です。恥ずかしい間違い、悔しい失敗をすることですね。
むしろ、成功体験よりも、失敗体験の方が、後まで長く記憶に残りますし、効果的だと思います。
それも、自分が学んでいる言語の母語話者の友人から「その表現、間違ってるよ」と一対一で指摘されるより、もっと多くの人がいる前で失敗を指摘される方が、より記憶に残る気がします。
早い話、「恥ずかしい失敗をしたー!もう絶対にしたくない!」と思うことほど、頭に定着しやすい、ということです。3人以上の前で失敗をしてそれを指摘された方が、恥ずかしさが増しますからね。
……何も、恥ずかしい思いをしたい、と言っているわけでは決してないのですが(「通訳はMだ」と言い放ったプロ通訳の方もいますが)、今までの経験上、独りで単調に単語帳を読んで勉強しているよりも、他の人がいる前で誰かに指摘される方が、単語を覚える効率が飛躍的に上がります。
ただ、僕の場合、フィードバックをくれる人はドイツ人になるわけですが、ドイツ人は歯に衣もボロ切れも着せずにド直球を至近距離で心臓めがけてブン投げてくる人たちなので、心が折れそうになるときも少なくありません。
しかし、だからなのか、その瞬間、僕の中の人間としての(未来へ向けた)防衛本能が活性化して、とても学習能力が高まるのです。
といっても、もちろん、こんな赤っ恥ばかりかいていたら心が持ちません。「小さな失敗」も、自分の足りない部分を確認するのにとても役立ちます。
失敗を恐れる人は少なくないと思います。僕自身、失敗をするのがものすごく怖い人間です。
ですが、失敗とは故意であってもなくてもしてしまうもの。もしかすると、今まではたまたま正しい表現を使って偶然失敗を避けられていただけかもしれないし、周りの人が優しくて(あるいは面倒くさくて)いちいち話を遮って訂正をしてくれなかっただけかもしれません。
そう思うと、失敗、間違いをすることって、次へのステップになりますし、恥ずかしくて悔しくて穴があったら入りたくはなりますが、長い目で見れば、正答よりも誤答の方が自分を成長させてくれると思います。
特に語学の間違いなんて可愛いもんです。どうせ完璧には話せないのだから、常に間違いはつきものなわけです。むしろ、「間違いは伸びしろ」くらいに考えて受け入れていく方が、気持ちも楽になると思います。
とはいえ、ネイティブに「何でそんなことも知らないの?」って顔をされながら指摘されると、やっぱりその日は凹んでしまうのですが(笑)。
そういう時は、「知らないことは罪ではない。人生で一番若い今、この間違いに気づくことが出来て良かった」と、自分に言い聞かせています……。