「トレーニング理論」と「指導の現場での実践」について考えていること
SNSを見ると、いろいろな方が長距離のトレーニングについて理論や実践方法を書いていて私も毎日、興味深く読んでいます。その内容に感心することが多い一方で、時々、「あれ?大丈夫かな?」と思うこともあります。それは有名な選手の練習メニューを断片的に切り取って、真似して走っている方がたくさんいることです。
模倣は能力向上の大きなヒントになりますし、何事もトライの精神は重要です。しかしそのトレーニングを行う目的や意図を考えて行わなければ、その効果は思いのほか得られないかもしれません。
「練習メニュー」へのニーズは私もさまざまなところで感じます。以前に陸上競技専門誌で連載を担当していた時もよく「具体的なメニューを掲載してください」と言われたものです。持ちタイムや目標タイムなどからおおよそのモデルは作れますが、ランナーはそれぞれの能力や体質に個人差があります。運動生理学的に重要な因子は個々に異なるので、「それを見ないで、練習メニューを立てるのはどうかな」という思いがずっとありましたし、今もその考えに変わりはありません。
例えるなら最大酸素摂取量が高い人ほど5000mの能力が高いとされていますが、実際にはその数値が低くてもタイムのいい選手は数多くいます。そうした選手は乳酸性閾値が高かったり、ランニングエコノミーが高いなど、他の優れた因子の持ち主だと考えられます。このように長距離走のタイムを決めるのはひとつの要素ではなく、複合的なもので決まりますし、その割合も選手によって異なるのです。
そのため私は運動生理学的な視点をベースにしながらも、選手の特性を見定めてトレーニングを考えるようにしています。SNSで簡単に情報が得られる時代ですが、他の選手のメニューの一部だけを真似るのではなく、自分の特性を知り、総合的にどんな強化策が必要なのかを考え、バランスのいいトレーニングを目指して欲しいと思います。
ただ“トレーニングのバランス”と口で言うのは簡単ですが、実際にはなかなか難しいことも事実です。例えば最大酸素摂取量とランニングエコノミーは逆相関で同時に向上させることは難しいため、時間をかけて交互に向上させ、最終的に強化開始時と比べ、両方が高まっている状態を作る必要があると東海大学の丹治史弥先生が発表されています。これを現実に行うとすると日々の練習で選手の状態を把握し、継続的に計測を行いながら、トレーニング内容を変化させていく必要がありますので、きめ細かい指導が不可欠です。
その取り組み方や考え方は無数にありますが、私は生理学的因子それぞれを成長させることがパフォーマンス向上に繋がるため、基本的には同じような練習を続けないように心がけています。そしてもう一つは選手の長所を伸ばすトレーニングを行うことが重要なのではないかと考えています。もちろんスピード型の選手がスタミナを養う練習もしますし、逆もあります。ただ長所を伸ばす方が、選手もやる気になりますし、結果的にはいい効果を生むと経験的に感じるのです。
私が推奨している低酸素トレーニングの内容も屋外でのトレーニング同様に最大酸素摂取量や乳酸性閾値などの因子向上を狙い、生理学的な根拠に基づいてメニューを決めます。しかし同時に選手は人間ですので、低酸素環境が苦手ゆえに、積極的ではない選手も中にはいますので無理強いはしません。彼らのタイプを見極めて感覚や感情も大切しています。また、多くのトレーニングの参考書ではスピード練習はトレーニング強度を高め過ぎると本来の目的から外れてしまうなどと書かれています。確かに一理ありますが、時には選手らの意思を尊重し、予定よりも強度を高め、感覚的に走ってもいいと思っています。(そうした強度の高いトレーニングはケガに注意です)狙いから外れたとしても長期的視野で考えればアジャストできます。むしろ選手も「キツイ、キツイ」と悲鳴を上げながらも喜んでやりますし、練習後は充実感を見せ、やり遂げたことを自信にしているようです。こうした取組みが新たな能力の開発や意欲にもつながると思っています。
トレーニングメニューは生理学要素を考えつつバランスが重要ですし、いかに選手の気持ちに寄り添うかのバランスも重要です。ここが指導の現場でもっとも難しいポイントであり、同時に「指導者の一番の腕の見せ所だな」と思って、日々の練習に向かっています。