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おわりとはじまりと

横浜は日ノ出町に、Tinys YokohamaHinodechoという施設がある。大岡川の目の前にあり、前身は小伝馬町に合ったBETTARA STANDだ。これからは桜の時期で、素晴らしい桜とその花びらが川を覆うだろう。

2016年にBETTARA STANDはできた。小伝馬町にある恵比寿神社の隣の駐車場を利用した可動式の小屋。今ははじまり商店街で活躍する柴田のだいちゃんがそれこそほぼ毎月何本ものイベントを立ち上げ運営していた。本当にすごい。

イベントは飲食や文化など普段では触れたことがない内容ばかり。職場が近かったのでよく足を運んでいた私は、そこで新しい社会への可能性をいつも刺激として受け取っていた。

中でも印象的だったのは、「CREATIVE LOCAL」の書籍トークイベントだ。R不動産の馬場さんはじめ、今でもなお活躍されている方々の共著。海外の事例を交え聞いていると、日本の社会と比較せざるを得なかった。その人らしく生きていく社会をつくるには、何が必要なのか。一人ひとりの意識に共通した公共性や倫理観、発展性などが根付いていなければ難しいのだろうと思った。何はともあれ、教育なんだろう。

そのエネルギーに引き寄せられ、私も何かしてみたい!と思い、tinysや他の場所でイベントをやらせていただいたことは言うまでもない。

冒頭の話に戻るが、Tinysは来月4月7日に閉じるらしい。私はオープニングパーティーに出席させていただいたり、いろんなイベントにも足を運んだりした。思い出深すぎる場所の一つだ(前身のBETTARA STANDは動産なのでTinysがある日ノ出町に移動している)。

少し悲しいのは、そんな人と人のつながりの場をつくっていた私が、普通のサラリーマンになってしまっていること。何をつくり、誰のために働き、誰が喜んでくれるのか。今は全く見えていない。

10月から必死になってプロを目指し、やってきたがまだ足らないというところで体調を崩してしまった。情けない限りだけど、まだあきらめたくない。

2016年からの数年は、私にとって人生で一番輝いていた時期だったと思う。たくさんの仲間と、喜びやワクワク、悲しみや様々な感情を交わし、感謝の想いがあふれ出ていた時期だった。

そのきっかけはBETTARA STANDやTynisから派生した人とのつながりだ。縁というものがつながり、大きなうねりとなるのだと実感したことはそれまで全くなかった。

最近、大好きだった人や場所がさまざまな変化をしている。移住や施設の終わりなど、そういう時期なのだ。春は出会いと別れの時期。幾分別れが多いようにも感じられるけど、また会える日まで。


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rurutaro
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