一時間で書く お題 紙飛行機
紙飛行機
大きな川と土手を臨む橋の上。口を硬く結んだ少年――ヒロキが自転車を止め、ランドセルから紙飛行機を取り出した。
手に持ち、思い切り投げる。そこに書かれた文字を、その言葉を遠くへ飛ばすように、思い切り。
ヒロキの手から離れた紙飛行機は、風に煽られ思っていた軌道を描かず、真っ逆さまに土手へと落ちていった。
紙切れ一枚。持っているのも嫌だったそれを、わざわざ取りにいくつもりはヒロキにはなかった。
だが――。
それが落ちた場所には、だれかが横たわっていた。
「こども……か?」
ここからだとよく見えないが、白いタイツとスカートの、女の子のように見える。そんな子が、あんなところに寝てるのは、どう考えてもおかしい。
彼は自転車にカギをかけるのを忘れ、急いで駆け降りる。
(気を失ってたり……いや、もしかしたら――)
背筋が震える。しかし坂を下る脚は止まらない。
息を切らして駆け寄ると、少年はすぐさま声をかけた。
「だ、だいじょう、ぶ……?」
声はしぼんでいく。
それは、目をつぶったままの少女が、あまりに見慣れない姿だったからだ。
綺麗に波打った金の髪。そして、小さな体と細くて心もとない手足――。
草むらで横たわる少女の姿は、おとぎ話の妖精のようにヒロキには見えた。
「……」
少女の両の瞳がゆっくりと開かれる。
それは吸い込まれそうな宝石。金の睫毛に縁どられた青い瞳が、ヒロキのほうを見つめていた。
少女が昏倒していなかったことの安堵より、驚きでヒロキは言葉を失っていた。
「……?」
少女は首を傾げ、足元に落ちている紙飛行機を拾った。
手に持ち、不思議そうに眺めている。
「あ、こ、これ紙ヒコーキっていって……」
少年は指をさしながら少女へと話しかける。
「カ、ヒコー……?」
変わらず首を傾げている。言葉は通じていなさそうだが、意思の疎通はできそうで、少し安心した。
「カミヒコーキ」
「カミ、ヒコーキ」
そうそう、と言い、ややぼやっとした少女の手から紙飛行機を受け取り。手に持って飛ばして見せる。
「こうやって遊ぶんだ」
紙飛行機は、勢いよく飛んだ。うまく風に乗り、遠くまでとんでいく。
少女を見やると、綺麗に輝く瞳を見開き、手をたたいていた。橋の上から飛ばした時は失敗したが、今度はうまくいったことに、ヒロキは内心得意げになる。
紙飛行機をすぐに回収しにいくと、後についてきていた少女の手に持たせた。やわらかな手に触れ、少し胸が高鳴る。
「こうやって、飛ばすんだ。あー……わかる?」
手の振り方を教えると、少女は何度もうなずく。
ヤ、と小さな声で飛ばされた紙飛行機は、すぐ地面についてしまった。
悔しそうにする少女に、どういうわけか気持ちがやわらぎ、ヒロキは何度も優しく手ほどきをした。
そうして、何度目かの挑戦の後。少女の紙飛行機が風に乗り始めたころに、太陽が色を赤く変えていた。
なんとなく、言葉は通じなくとも、お互いにもう帰らなければならないと、わかった。
少女は、紙飛行機を指さす。
「カミヒコーキ」
「あ、うん。そう。カミヒコーキ」
その指を、ヒロキへと向ける。
「え、俺?」
こくこくと、少女がうなずいた。
「ヒロキ」
少女が笑う。
「そう、だけど」
「tschüss, bruder」
「へ?」
続けていった聞きなれない言葉に、ヒロキは呆然とし、土手を駆けあがっていく少女の背を見つめるだけだった。
「なんで俺の名前しってたんだ……」
もやついた気持ちを飛ばそうとした紙切れを、少年は捨てることができなくなってしまった。
紙飛行機――ヒロキの父親から送られてきた手紙には、こう書いてある。
明日、再婚相手と会ってほしい、と。
少女の言葉、『またね』という意味を、彼は翌日知ることになる。