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東京。

ずっと、ここに住んでいる。そして、どこに行ったらいいかわからないからこれからもずっと住むだろう。おそらく、死ぬまで。

子どもの頃の東京と今の東京、思い返すとずいぶん変わってしまったようにも、変わっていないようにも思う。

変わり続けることが宿命の街であり、それでもそこかしこに古い記憶が残っている街でもある。

私は、東京が好きだ。多分。

今の私をはぐくんでくれた街。ずいぶんつらいこともあったようにも思うけど、楽しいこともあった気がする。きっと誰でも生きていればそういうことが地層のように重なっているんだろう。

私は、今の私が好きだ。

でもどうして私は今の私になったんだろう?と思ったりもする。もっとダメな大人になっていてもおかしくなかった。妬み嫉みに取りつかれて、誰かを攻撃するような。愚痴ばかりこぼして人をすっかりうんざりさせるような。あるいは、機会を見つけて誰かにマウントをとったり、のし上がろうと蹴落としたりするような。ひどい大人になっていてもおかしくなかったのに、はっきり言ってそういうのは我慢ならない。

人に恵まれたな、と思う。育ってきた家庭はあまりいい環境ではなかったと思うし、機能不全家族だったと客観視して、呪いを一つ一つふるい落として(それでもまだ呪いのすべてからは逃れられていないけど)ずいぶん苦しみもしたけど、私の周りには私に手を差し伸べてくれる人が本当にたくさんいた。そして差し伸べられた手をつかんで進むことができてきた。

信頼できる人がたくさんいたのは私には幸運だった。自分の生育家庭より、世の中の色んな人の方が優しい、と大人になるにつれ知っていった。そういうたくさんの人に出会えたのは、この街だったからかもしれない。

今、あの頃の私と同じ境遇の人がいたとして、同じように今の私のように思えるだろうか?実はちょっと無理なんじゃないかと思っている。

昔よりずっと、街も人の心も荒んでいるように思う。排外主義が大腕を振って辺りをのし歩き、ルッキズムと相互監視がSNSを支配し、嘘つきがふんぞり返っている今のこの場所では。

私は、取り戻したい。ちゃんと誰かに手を差し伸べられる大人がたくさんいる街を。困難にぶつかっている誰かにほんの少しだけ、手を貸して世の中捨てたもんじゃないからもう少しやってみよう、と思える街に。

自分の状況が良くても、世の中の状況があんまりにひどいのでやっぱり気持ちは上がらない。このもやもやは近いうちに物語に投影して何か書かなくちゃ。

一向に今年一つ物語を作ろうと決めた、自分との約束を果たせずにいるので、それはあまり好きな自分ではないなぁ。

時間を作って、お話を描こうと思う。

それが問題の解決につながらないと思われるかもしれない。けれど、描くことで何かを変えることができるかもしれない。だから私は一つ、お話を描かなくちゃいけないと思っている。

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ミツマチヨシコ
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