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「あたりまえ」

「この生活には不要なものが多い。」
そんな考えに至ったのは、この家に越してきた3ヶ月後、去年の夏の事だった。その家は七畳一間のワンルーム、家賃は六万八千円と一人暮らしにの社会人がいかにも暮らしていそうなアパートだった。大学時代は実家で生活していた彼は就職を機に地元の埼玉を出て、東京で一人暮らしを始めた。実家の自分の部屋に置いてあった漫画や雑誌、飾ってあったポスター、机の引き出しにしまってあったのか置き去りされているのか分からない程の学生時代の思い出の品も全部まとめて連れてきた。
引越しの荷解きをするとたちまち部屋は閉塞感に包まれた。しかし、その時彼は馴染みの品に囲まれる事でなんとも言われぬ安心を感じた。実家の部屋を丸ごと新居に移してきたイメージだ。配置すらも一緒になっていた。
そんな新しい生活にも徐々に慣れてきた夏の始まりの頃、部屋を見渡すと以前は囲まれる事で落ち着いていた品々が邪魔で仕方なく思えてきた。とはいえ、実家から長らく置いてあった机や漫画に突然の戦力外通告を送る事に少々の葛藤はあった。
2.3日の脳内会議の末、その週末に思い切って捨てることにした。必要不可欠だと思った家具や漫画も思い切って捨ててみると案外場所を取るだけで必要でも無ければ不可欠でも無いことに気づいた。どこか清々しく、場所だけでなく心の中まですっきりとした気分になった。
その時にふと、以前TVで特集されていた"ミニマリスト"と呼ばれた人々を思い出した。当時の自分は「だいぶ思い切った事をするものだな。」とぼんやり俯瞰で見ていたが、今なら取材を受けていた見知らぬ彼と熱く抱き合える気がした。
一度、物を捨てると後は堰き止めが外れたように物は減っていった。気がつくとその部屋で初めて夏を迎える頃には"ミニマリスト"を伝えたTVも無く、殺風景が広がっていた。簡素さで比較するならば、何処かで見た独居房とそれは似ていた。
そんな新たな生活を送る彼に、大学時代から付き合っていて、今は遠距離恋愛中の彼女からメールが届いた。
「別れてほしい。」
どうやら彼女も"ミニマリスト"を始めたらしい。


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