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Translate·Transit·Transな世界を地図の中心においたら?
上海のトランジットゲートの前で
ただいま、朝の5時。10日ほど、ギリギリの若さで強行突破した、韓国・現代アートをめぐる旅を終えて、上海経由でこれからロンドンに向かう。空港の床は冷たくて、心地よい。家のベッドよりも硬い。いや、ベッドと比べてどうするんだ。大理石よりは柔らかいのかもしれない。とはいえ、硬度を測定できるほど、私の背中は精巧ではない。というか、猫背だし、むしろ空港の床を「重要生息地」として生きるような「ジベタリアン」として、この先も生き続けた方が、絶滅危惧種として保護されるかもしれない。
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地べたで寝ると、さすがに関節の隅々まで痛い。でも案外、ちゃんと寝られるものだ。まあ、人間も洞窟で寝ていた時代もあるわけだからね。これから飛行機に乗るから、時差を考えるとカフェインを摂りたくない。コンビニで買ったゆずジュースを飲みながら、こうして文章を書き起こす。
本を読む目的は、本当なら親友や恋人になれたはずの誰かに、運悪く生まれた時代が違うなどして会えない、その人物に会いに行く作業だ。要するに、毎回が合コンだし、毎回が仲間探し。そんな気がする。
書くことは、頭で考える「私」と心の中の「私」、互いにとって他者である二人を対話させ、思いついたことを残す作業である。未来の別の時間を生きている「私」が、居場所を見つけられる回帰線を描くのだ。最近、二コラ・ブリオの『ラディカント―グローバリゼーションの美学に向けて』という本を読んでいる。
Transitゲートの前で暇をつぶすかのように読んでいる。まるでタバコを吸っているみたいだ。時間を燃やして意味のない状態であることを自覚させる。まあ、哲学は人体に有害ではないはずだが、精神にはどんな影響を及ぼすのかは、知らない。
そこで、少し好きな箇所を引用する。
Translate – 翻訳は翻案する
「あらゆる翻訳は、命題の意味を翻案すること、すなわち命題をあるコードから別のコードへ移行させることを含意している。このことは、二つの言語を習熟していることを意味しているが、同時にそのいずれも自明ではないことをも意味している。」
たしかに、共感する感覚だ。多言語話者になると、どの言語も実体をつかめず、つねに言葉という記号の外側を浮遊したり、滑っているような感覚がある。だから、翻訳された言葉は誰かの言葉を借りているが、それは翻訳者自身の言葉でもある。次に紹介する部分は、この翻訳者の影響がより強く表れる。
Transit – 翻訳は移動である
「翻訳とは本質的に移動である。それはテクストをある言語形態から別の言語形態へと移動させ、その際の震動を見せるものである。みずからが捉えたものを移動させることによって、翻訳は他者に出会いに行き、この他者に見知らぬ人を親しげに紹介する。」
翻訳者は、異なる言語世界に生きる人々をつなげる。というより、言語はそれぞれが惑星で、翻訳の世界が宇宙だというイメージだろうか。言葉と言葉の境界を別の言葉で曖昧にしていく作業は、なんだかロマンティックだと思う。どうだろう? ただ、紹介するだけではなく、紹介の仕方にも翻訳者の意図が反映される。
変化・変換する世界を中心に生きる人々
「自分自身からの追放を運命づけられ、現代の世界が要請するノマド的文化を創出するよう命じられている。ポストモダンな世界――つまり、分析的で相対主義的、アイデンティティにこだわる世界――が、宗教的感情の成長のための実質的な見方や、理想的な腐植土となっているように見える。そのため、このノマド的文化を理解可能な概念を中心に明確化することの重要性がわかる。」
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翻訳者はさまざまな世界の一部を体感し、それを一つに接合しようとする。おそらく、翻訳の世界の住人にはなれるが、その世界は流動的だろう。木星や土星のように、見た目はまとまっていても中身はガスでできているかもしれない。地盤が岩石で安定しているわけがない。
だからこそ、翻訳者はノマド的な生き方をせざるを得ないのではないか。モンゴルの遊牧民も、馬に食わせる草を求めて草原を探し、結果的に遊牧生活を選んだわけだ。意志で動いたというより、環境が人間の意識に影響を与えたんだろう。
いろんな世界を渡り歩く人々が、架け橋的な役割を果たすこともあるかもしれないが、それが本当にそうなのかは人による。架け橋とも例えられるかもしれないが、別にそんな役割を背負う必要はないと考える。翻訳者は翻案すればいいのだ。受け取り手にある程度の余白を残しておきたい。というか、この「Trans」な世界を明確にし、一般化する作業は受け取り手に残された宿題なのではないだろうか。
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