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恋しい言葉に酔う夜、手紙を書いたことをふと思い出した

今日も行きつけのバーでビールを飲む。とはいえ、正直「バー」と呼ぶには少し違和感がある。「バー」という言葉には、ずいぶん期待が積もっているのだ。

初めて通った「ミルクホール」

学生時代、タイミングが良かったのか、少し年上の「いい大人」に恵まれた。だからか、まだ20歳にもならない頃、少し背伸びしてウィスキーバーに通い詰めた。もちろん学生だから、いくつもバイトを掛け持ちして稼いだお金を、カタカナのウィスキーに注ぎ込んでいた。大人の仲間入りをした気分で、一杯一杯に酔いしれていたのだ。

そのバーの名前は「ミルクホール」。初めて聞いた時には、子ども向けの牛乳屋かとふざけていたが、実際には歴史的な意味があるらしい。禁酒法時代、アルコールの提供が禁じられていたころ、「ミルクホール」なんて無害な名前で摘発を避けていたらしい。表向きには牛乳やソフトドリンクを出す店、と見せかけたのだとか。

今ではそのオーセンティックなバー文化も少しずつ薄れつつあるけれど、あの店にはまだ息づいている。そしてマスターはそんな私に、大人の入り口に立つマナーや所作を教えてくれた。思い返せば、初恋が砕けた頃に通い始めたのがあの店だった気がする。そこで出会った彼女と長く付き合ったし、人肌で少し大人になったのかもしれない。就職した今も、たまに顔を出しては軽く挨拶をしている。

そんなわけで、「バー」への期待値はかなり高い。あまりに素晴らしいスタートを切ったから、仕方ない部分もある。今の行きつけは少しラフな感じだ。ロマンの詰まったピザが美味しいビートルズ好きのパブ、と言った方がしっくりくる。褒めているつもりだ。マスターはいい具合にひねくれてるし、店員の若い子にも、どこか90年代のロマンを感じさせる雰囲気がある。私は、この場所をホームのように感じている。オーセンティックなバーでなくて良いじゃないか。目指すのはネクタイをしない紳士である。カジュアルな時間に浸り、少し現実からエスケープした気分になるのだ。

旅と思い出

いつも通り、最初は生ビールを頼む。ドイツで過ごした十日間、毎日飲んでいたビールと旅の記憶が交差する。旅先では独りで飲むことも多かったが、たまには誰かと飲むこともあった。そんな稀に訪れる特別な夜、私はその記憶に少しノスタルジックな恋しさを抱き、あまりに恋しくて、ある日ふと思い立ってその夜の相手に手紙を書いた。というより、手紙を装った3,000字近いエッセイを書き上げた。これはフィクションじゃなくノンフィクションである。

そもそも、私は恋しい気持ちに駆られて誰に手紙を書いたのだが、その手紙の相手は本当に「誰か」だったのだろうか。不確かな記憶の中で、あの恋しい時間と空間に何があったのかを思い返してみる。黒いビール、ポテトフライ、ドイツ語の音楽、オレンジの照明、そして目の前には確かに「誰か」がいた。

ただ、その夜、私はその人をちゃんと見つめることすらできていなかったのかもしれない。その姿はもうはっきりとは浮かんでこないのに、ふと思い返すと、その人の言葉にはしっかりと恋をしていたことに気づいたのだ。その「誰か」の言葉に恋をして、気づけば海の向こうへ長文のエッセイを送ってしまっていたのだ。

届くのだろうか。届くと良いな。

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ジョン(Jong)
この先も、最終着地点はラブとピースを目指し頑張ります。