元祖平壌冷麺屋note(39)
冷麺屋の夏は、甲子園の試合終了とともに、終わった。
怒涛の13連勤。まさかのリリーフ投手としての登板で、ひたすら冷麺のボールを投げ続けた。ストライクを多く投げられるようになった。
打者に気持ちよく打ってもらうために、麺を打つ。そういう意味では、打者でもあるのか。
「めちゃめちゃ美味しかったです」「静岡から来た甲斐ありました」「広島から食べに来ました」「東京から」「韓国から」
という、言葉はホームランボールとなり、次のボールを投げるためのパワーに変わった。
デッドボールも出してしまった。
「冷麺、まだかあ。客を待たせ過ぎや」という、生ビールで気の大きくなったオジさんの声。
注文を受けてから、粉から作り始めるので、どうしても待たせてしまうのだけど、エールではなく、ブーイングが飛んでくると、謙虚の精神が場外に飛んでいってしまう。
怨嗟の声に、「お待たせして、申し訳ありません」とか返すべきだったのだけど、それができずに、一瞥しただけでスルーしてしまった。1分でも早く届けなきゃ、という焦りもあったけど。
さて、娘のはじめてのピアノの甲子園、ではなく、コンクールは、銀賞だった。ストリートピアノの練習の甲斐あり、緊張は少なめだったようだ。
翌日、冷麺屋に家族で食べに来てくださったピアノの先生が、
「おめでとうございます。前の子がたくさん弾き直していたので、つられなければいいな、と思って聴いていました。冒頭は軽やかに弾けて、最後も上品にまとめたと思います。だからこそ、弾き直しが悔やまれますね。でも、笑顔を見て安心しました。初コンクール、よくできました」
と、話してくれた。
周りの影響を受けずに、自分だけの演奏をすることは、考えるより難しい。麺打ちも同じで。急かされたり苛立ちをぶつけられても、感情が波立たないようにしなきゃ。
コンクールの演奏後、妻が送ってくれたメールに、銀賞トロフィーを手にした、娘の飛び切りの笑顔が添付されていた。
麺を打つ手が、軽くなった。