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地道な努力の価値を考える

22時、また一人の若手が残業している。機械の前で、何度も同じ動作を繰り返している姿に目が留まる。

「なぜ、まだ残っているんだ?」

「音の違いを覚えたいんです。ベテランさんみたいに、異常を聞き分けられるように...」

その言葉に、私は複雑な思いを抱く。確かに、機械の異音を聞き分けるのは重要なスキルだ。でも、今の現場に、そんな地道な努力を育む余裕があるだろうか。

人手不足で、日々の生産ノルマに追われる毎日。設備保全のベテランも2名が退職を決めた。そんな中で、基礎的なスキルを磨く時間なんて、贅沢に思えてしまう。

でも、考えてみれば、今の工場の危機的状況は、まさにこの「基礎」を疎かにしてきた結果なのかもしれない。

かつてのベテランたちは、何年もかけて感覚を磨いてきた。
機械の呻き声から異常を察知し、
油圧システムの微妙な変化を肌で感じ、
予防保全のタイミングを経験則で見極める。

そんな技能は、一朝一夕には身につかない。
地道な努力の積み重ねが、やがて確かな実力となる。
スポーツ選手が基礎トレーニングを欠かさないように、
製造現場にも「基礎」という土台が必要なのだ。

だが今の現場には、その余裕すらない。
残業規制、人手不足、生産プレッシャー。
すべてが「即効性」を求め、
地道な努力を阻む壁となっている。

若手が機械の前で費やす時間。
それは無駄なのだろうか?
いや、違う。
今この瞬間は、目に見える成果は出ないかもしれない。
でも、これこそが真の「基礎づくり」なのだ。

経営者は「結果」を求める。
しかし、結果を出すために必要な「過程」を
どれだけ理解しているだろうか。

技能は、日々の小さな気づきの積み重ねでしか育たない。
それは遠回りに見えるかもしれない。
でも、この工程を省けば、
確実な技能の劣化を招くことになる。

深夜の工場で、若手の姿を見つめながら考える。
私たちに必要なのは、
短期的な成果を追い求めることではなく、
基礎を大切にする文化を取り戻すことなのではないか。

明日も7時からの始業だ。
若手には「もう帰れ」と声をかけなければならない。
でも、その背中に、かつての自分の姿を重ねずにはいられない。

工場の明かりが、また一つ消えていく。
基礎練習の成果が現れるまでの道のりは長い。
でも、それを理解し、支える余裕が
この工場から失われてしまったことに、
深い危機感を覚える夜である。

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