気になる人たち
今、会社の命令により時差出勤をしている。朝6時からの勤務なので、夕方15時前に終業時刻となる。しかし、残念ながら、就労環境がブラックなので、19時くらいまで働いているのが現実だ。朝が早いと、それ以上働くと体がきつくなるので、足らない分は休日出勤で補わざるを得ない。
早朝から働くことのメリットとしては、静かな時間に集中して働くことができることだ。オフィスなんて恰好のいい言葉は似合わないプレハブの事務室は誰もいない。私に罵詈雑言を浴びせるあいつや、何の根拠もない理解不能な自己の優越性を固く信じ、私におらついてくるあいつもいない。クレーム電話もかかってこないし、静かなものだ。否応なく朝方の生活になると、夏の暑さも少しはましだし、これからのシーズンの晴れた朝は気持ちがいい。1日の半分以上を死んだ目をして働いている私にも、その心地よさは伝わってくる。
早朝の通勤路は人気が少ない。すると、自然にすれ違う人たちを覚えてしまう。その中で何人か気になる人がいる。会社に向かう道を歩いていくと、まず、自転車に乗った高齢の女性に会う。径の小さな自転車を漕いで、街の方へ向かっていくのだが、長年メンテナンスをしていないのか、ぎいぎいと悲鳴のような音を立てている。余計なお世話だが、無理やりチェーンを回転させているかのようだ。タイヤに空気が入っているのかも気になる。彼女に声をかけ、自転車のメンテナンスを済ませたら、すれ違う時どんな感じになっているんだろう。そういえば、昔通っていた学校では、年に一度、地区の自転車屋さんが来て、無料でメンテナンスをしてくれる日があった。そんなことを考えながら歩いていく。
次に会うのが犬を散歩させている女性だ。犬は茶色の柴犬だ。よく手入れをしてもらっているようで、胸元の白い部分がいつもきれいでふさふさしている。犬は、いつも朝の散歩で会うおっさんだと認知しているようで、すれ違う時にじっと私の目を見てくる。私は犬に軽く頷き、歩いていく。動物をの世話は大変なことも多いだろうが、犬が毎朝穏やかそうな顔つきで歩いているのを見ている間に、私はその犬に好意を持つようになった。
犬の次に会うのが、全身黒づくめの男性だ。まだ比較的若そうで、私と同様に会社に行こうとしているようなのだが、帽子をかぶり、サングラスをかけ、半袖のTシャツ、チノパン、靴とどれもみんな黒一色だ。夏だと黒は暑いように思うのだが、これも余計なお世話なのだろう。男性のクローゼットの中は黒一色で統一されているのかもしれない。それを想像すると、いっそすがすがしさを感じてくる。
最後に会うのが初老の夫婦だ。おふたりは退職し、年金暮らしをされているのだろう。毎朝散歩の時、顔色の悪い疲れたおっさんを見つけ、あいさつをしてくれる。こちらもあいさつを返すのだが、明らかに私のほうが元気がない。この辺りまでくると、会社が見えてくる。今日1日、会社の中で起こることを想像するだけで、胃が重くなる。いっそのこと、今すぐ私に雷でも落ちればいいのに。そうすれば、もう2度と仕事のことなど考えずにすむ。そんなことを考えながら、会社の入り口をくぐり、今日も1日がはじまる。