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【短編小説】十時の時報

―ぷ、ぷ、ぷ、ぷーん

 十時の時報が鳴りました。
 山下夫妻は朝のキスをかわしました。ママはとってもご機嫌です。やがてともが生まれました。

――ぷ、ぷ、ぷ、ぷーん

 十時の時報が鳴りました。
 山下夫妻は朝のキスをかわしました。パパはとってもご機嫌です。やがてたくが生まれました。

――ぷ、ぷ、ぷ、ぷーん

 十時の時報が鳴りました。
 ママはとものほっぺにキスをしました。ともはとっても嬉しいです。

――ぷ、ぷ、ぷ、ぷーん

 十時の時報が鳴りました。
 パパはたくのほっぺにキスをしました。たくはとっても嬉しいです。

 家族みんなが幸せになりました。

 この国は子どもが少ないです。政府は対策を考えています。
 山下家に取材が来ました。男性の記者がふたりで来ました。
 
――ぷ、ぷ、ぷ、ぷーん

 九時の時報がリビングで鳴ります。記者が山下夫婦に話を聴きます。夫妻は話の途中なのにキスをします。記者は少し気まずそうです。

――ぷ、ぷ、ぷ、ぷーん

 十時の時報が鳴りました。
 山下夫妻は朝のキスをかわしました。ふたりはとってもご機嫌です。記者たちは不思議に感じながらも、その様子をカメラに収めました。ふたりのキスは雄弁です。しかし、キスを除くと驚くほど謙虚な夫婦なのです。やがて取材にも何も答えなくなってしまいました。記者たちが困ったな、という矢先に、

――ぷ、ぷ、ぷ、ぷーん

 十一時の時報が鳴りました。
 山下夫妻は黙ったままです。仕方がないので記者たちはふたり、キスをしました。思ったよりも心地よかったです。記者たちは山下夫妻の沈黙の意味がわかるような気がしました。ふたりは手をつないで、会社に帰りました。そして本日のキスを記事にしました。

――ぷ、ぷ、ぷ、ぷーん

 十時の時報が鳴りました。
街中の至るところでキスが始まりました。十時一分まで続きます。
 みんなとっても幸せそうです。子どもがどんどん生まれます。

――ぷ、ぷ、ぷ、ぷーん

 十時の時報が鳴りました。
総理が官房長官とキスをしました。

                        了(原稿用紙6枚)

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