レモンの島
四国の瀬戸内海の小さな島にレモン畑ができていた。
島の斜面を利用して作られたレモンは何十年もその地に植えられていた。
レモンってもともと外国産なのにどうしてこんな小さな島にレモンが植えられたのか不思議だった。
小学校6年生の健一は、父親から初めて一人旅の話を持ちかけられたときはびっくりした。
同じクラスの友達に祖父母のところへ一人飛行機に乗って行ったという話は聞いたことがあった。
しかし、健一にはそんな話は自分には関係のない出来事と思っていた。
まさか自分が一人旅なんて。
健一は話を聞いたとき、嫌だと大声で叫んだ。電車に一人でそれも船にも乗らないといけないし、怖くてできないときっぱり言った。
けれど、お父さん、お母さんは夏休みに健一を一人旅に行かせることに決めた。まだ乳離れできていない甘ったれの健一にショック療法を考えたのだ。
出発当日、健一はしぶしぶ一人旅に出た。
本当は行きたくなかった。
不安で不安でさびしくて涙があふれた。
健一は初めてひとりで駅から列車に乗り、列車に長時間揺られたあとは、小さな船に揺られてやっと島に着いた。
島についたときにはとっぷり日が暮れていた。
おじいちゃんの家は船着場から20分ほど歩いた坂道にあった。
おじいちゃん、おばあちゃんが出迎えてくれてその晩は健一のにぎやかな声が静かな家の中にひびいた。
健一は1日の緊張からかその夜はぐっすり眠った。
翌朝、おじいちゃんのレモン畑に行った。傾斜のある山の中腹にレモン畑が作られていた。
太陽の暑い日ざしを受けてレモンの黄色い実がきらきら光っていた。健一はレモンの実を見ただけでつばがでてきて飲み込んだ。
「おじいちゃん、どうしてレモンなんか作ってるの」
健一が不思議そうに尋ねた。
「レモンはなあ、この島の人にとってはありがたい実なんじゃ。」
おじいさんはそう言うと健一にレモンの木の話をしてくれた。
ー戦争前のことじゃ、この島の人たちはみかんの木を植えて育てていた。わし達の親も育てていた。
あたたかい風が流れ込むこの島は冬でもコートがいらないし、ストーブがなくても大丈夫なくらいのところなんじゃ。
ところがじゃ、あるとき、害虫が島に入り込んできてなあ、みかんの木がのきなみ枯れてしもうたんじゃ。
一生懸命毎日毎日丹精こめて育てた木が枯れて島の人たちはがっかりした。
みかんを売って生活していた人も多かったからなあ。
いったん害虫が入ってしまうと次の年にみかん木を植えても全部、虫に食われてしまった。
当時は防虫薬もなくてなあ、害虫にも強いみかんはないのかと島の若者たちが毎日毎日考え、大学の先生や役場の人やいろんな人に話を聞いたんじゃ。
そんな中でアメリカで育っているレモンという果物がめっぽう害虫に強いという話を聞いたんじゃ。
健一はレモンがアメリカで作られていたのを初めて知った。
当時、わしの父ちゃんははまだ若くてなあ、父親からその話を聞いてじゃアメリカに行って苗をもらってこようという話をしたらしいんじゃ。
当時、アメリカへは船で太平洋を渡っていっていたからなあ、そりゃすごい航海だったらしい。
島の人たちからお金を集めてようやくアメリカにわたったと聞いている。
苗を島に持ち帰ったのはそれから半年後じゃった。
島のみんなで帰りを待って船着場に船が着いた途端、大歓声が上がったんじゃ。苗をさっそく島の斜面に植えた。
みんなは息をのんで見守った。さすがに評判どおりの木でなあ、害虫に負けずにすくすくと育った。
しかし、なかなか実がならんかったんじゃ。
まあ、みかん類の木はなあ、実がつくまでにかなり年月がかかるからなあ。
みんな実が実るのを待ち焦がれていたんじゃ。
やっとある年の秋ころに大きな黄色い実がいくつもなったんじゃ。
みんなレモンの実は初めて見るもんじゃったから不思議でなあ。
レモンの実を切って食べたときには、皆、うわあと大声を出して吐き出したそうじゃ。
梅干よりすっぱい実だって言って。
「こんな実をなんで食べてるんじゃ」
「夏みかんのほうがまだいい」
そういう人たちも多かったそうじゃ。
父ちゃんはせっかく苦労して苗を持ってきたのになんていうことだと最初は悔やんだそうじゃ。
父ちゃんはレモンの木から採った小枝を斜面に植えた。
木はすくすく育ち、レモンの木は増えていった。
レモンの実はすっぱいけれど体にはとってもいいことがわかった。
ビタミンCが豊富で、みかんの何倍もあった。当時は食糧難でなあ、体の疲れをふっとばすレモンは重宝されるようになったんじゃ。
少しずつレモンの木が島中に増えていった。
黄色い太陽の光をいっぱいあびたレモンの実がたくさんなった。
島はいつしかレモン島と呼ばれるようになった。
わし達はレモンのおかげでこの島でなんとか生活してるんじゃ。
健一はおじいちゃんの話を真剣に聞いていた。
夕飯には野菜にレモンのスライスがいっぱい乗ったのが出た。健一はレモンのスライスを見てつばを飲み込んだが、そのまま口のなかに放り込んだ。 野菜の甘みとレモンのすっぱさで夏の暑さが飛んでしまうほどおいしく感じた。
「へえ、レモンっておいしいんだ」
健一はレモンを見直した。
レモンを子どものように感じているおじいちゃんや島の人たちの苦労が少しわかったような気がした。
次の朝からおじいちゃんのレモンの収穫作業を手伝った。
レモンをいためないようにゆっくりレモンの実をもぎ取る。
なかなかうまくとれない。
強く握ってレモンがつぶれてレモンの汁が健一の顔に飛び散った。
「うわあ」
と声をあげるとおじいちゃんがタオルをくれた。
顔をふいた。まだ日差しの強く差し込む畑の作業で汗が滴り落ちる。
「健一、レモンジュースだ」
そういうとおじいちゃんが水筒の中のものをコップに注いで健一に渡した。
思わずかぶりつくように飲む。
レモンと蜂蜜が混じったおいしいジュースだった。
「少しは元気になったじゃろ。」
とおじいちゃんがほほえんだ。
家で飲むジュースより何倍もおいしいと思った。
健一もすこしずつなれて上手にレモンをもぎ取ることができるようになった。
あっという間だった。
レモン島を離れる日が来た。
おじいちゃんやおばちゃん、隣近所のおばちゃんたちも来てくれた。
少しの間しかいなかったけれど、ずっと生活してたかのように思えて健一は帰りたくなくなった。
船着場でみんなかなしそうな顔をしていた。
健一はおじいちゃんの胸で泣いた。
「健一、またおいでな。今度もレモンをいっぱいくわせてやるから」
じいちゃんはそういうと健一にレモンのいっぱい入った紙袋を渡した。
「おじいちゃん、おばあちゃん、また来るね。」
健一は思いっきり手を振って船に乗り込んだ。船が船着場を離れてもじいちゃん、ばあちゃんは手を振っていた。
島から離れると島の斜面のレモンが金色に輝くように見えた。
「レモン島、また来るよ。」
健一はそういうと大きく手を振った。そこには少し大人になった健一がいた。
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