憲法9条を護れば 世界が平和になる と思っていた昔の私に伝えたいこと
童話屋 の日本国憲法という冊子を持っています。まえがきには 美しい言葉が書かれています。
ある日きみは 幸せいのちを持ってこの地球にやってきた。きみのいのちは、なにものにもまして、尊く重い。地球よりも重い。きみのいのちだけではない。きみの父さんや母さん、友だちや先生、隣の国の人、そしてこの地球上にいる70億の人間のいのちは、みな等しく尊く重い。
なんだあたりまえではないか、と思う人がいるかもしれないが、半世紀前までの日本では、ひとりひとりの人間を尊重する精神は乏しかった。
想像してごらん。自由も平等もなく、いのちは虫けらのように扱われていた社会、そんな暗い時代が長い間つづいていた。
それにくらべて、今の時代の明るさはどうだ。「日本国憲法」の第十三条を読んでみたまえ。「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」
日本国憲法が公布されて五十五年(2001年発刊当時)いままた改憲や護憲の議論が盛んだ。
しかし、子供たち、他人にまかせてはいけない。君自身が「日本国憲法」や「教育基本法」をよく読み、考え、自分の意見をきちんと持って論議に参加して 、はじめて日本国民としての責任を果たすことになる。
ーそして、ともに遠く未来を見つめよう。千年後のの子どもたちに遺すものー青い星地球。そこに生まれてくる子どもたちにぼくたちが約束するもの。それは、あらゆるいのちが、幸せに生きる権利だ。
どうでしょうか。とっても美しくて理想的な世界だと思いませんか。若い頃は この理想的な世界が素晴らしいものだと思っていたのです。
ところが ところがです。日本の戦後の現状や近隣諸国との関係が明らかになってくると この理想的な世界を実現するには 日本国憲法には大きな大きな 嘘があることが 分かってきました。
まず,
日本国憲法の公布は
昭和21年11月3日
施行は昭和22年5月3日
ところがです
サンフランシスコ講和条約で
日本の主権が回復したのは
昭和27年4月28日です
アメリカに占領されている期間に 、日本国民の総意に基づいた 憲法を制定できるのがまずおかしいと思わないですか?
そして 憲法の前文にはこのような宣言があります
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するものであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
平和を愛する諸国民を信頼して
なんですよね
諸外国の平和を愛する心を信頼してはじめて
われわれ日本人の生存を保持できる
ということなのです。
これって とっても怖いことだと思いませんか。日本人同士 お互いに理解しあえる者同士だと通用するかもしれません。ところがです。
日本が 自衛隊を持つ前の1952年1月 (海上自衛隊は1954年にできています)韓国の李承晩大統領は「海洋主権宣言」を行い 海洋水域の拡大、漁業管轄権を一方的に主張(李承晩ラインの設定)竹島を国際法条根拠のないままに不法占拠しました。
1954年 竹島領有権をめぐる紛争を平和的に解決するために 日本側は国際司法裁判所に付託することを韓国側に提案したが韓国側は受け入れませんでした。
この水域では日本の漁船も操業し 良い漁場でもあったようですが日本の漁船は拘束され漁民の方は命を落とされたり 酷い傷害を受けた方もいたようです。
どうでしょうか。
憲法の前文の末尾はこうなっています。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみ専念して他国を無視してはいけないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは自国の主権を維持し他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる
なんだか 今のグローバリストの先駆けのような言葉だと 書いてみると思えてきましたが 、この政治道徳の法則が普遍的なものであるならば日本と韓国の竹島をめぐる問題もとっくに解決しているはずですね。
最後は こう締め括られています。
日本人の国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
そう 日本人はこの理想のもとに 他国から財産や命を奪われたとしても この憲法の目的を達成することになります。
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