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オリジナルショートショート「太陽と雨」


 花屋の女性🌞と、素性の不明な男性☂の
 梅雨の季節のお話です☔

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「太陽と雨」

 自慢じゃないけど、私は明るいし、笑顔がいいとよく言われる。
いつも前向きだし、落ち込むことも少ないし、専門学校を卒業して、大好きだったお花屋さんに就職できて、毎日いきいきと働けている。
だから、ああいう人は、いったいどんな生活を送っているのかと、かわいそうなんだけど、憐みの目を向けたくなる。

「(また来てる…)」
 私は、お店の入り口に並んだポットの鉢植えに水をやりながら、背後に立つ男性を無視するように努めた。
 リュックを背負った男性は店の前の車道との境にある手すりにもたれて立っている。そして、朝早くに店に来ては、なにを買うでもなく、じっと―花屋の中なのか、並んである花なのか―を眺めている。大体、店が開店する前の7時ごろに来て、30分ほど花を眺めて、帰っていく。
 そんな日々が何カ月も続いていた。

  彼は丸眼鏡をかけていて、体格は良く、無精ひげを生やして、目はどろりと暗い光をまとっている。そして、いつもあか抜けないブルーのタータンチェックのシャツを着ていた。
 私はひそかに彼のことを「曇りさん」と呼んでいる。なんとなく、陰気だからなのと、いつも彼が来ると天気が悪くなるからだ。

 前に一度声を掛けた時、曇りさんは
「ああ」とか
「どどど、どうも、すみません」
ともごもごと口ごもって、逃げるように去って行ってしまった。
 だから、私はそれ以来声を掛けるのをやめている。

「岡元さん、あの人なんだと思います?」
 と、今日、曇りさんが帰った後、私は先輩の岡元さんに声をかけた。

 岡元さんはふしくれだった指を高速で動かし、素早い手つきで、あっという間に紫と桃色を基調とした花束を包んでしまう。
「あー、彼ね。いつも花屋の前に立ってる人。彼、絵描きだと思うんだよね」
「絵描きですか?」
 私は素っ頓狂な声を上げた。
「うん。花枝ちゃんは見たことない?あのシャツにも、指にも、いつも絵具がどこかしらついてんのよ。でも、青とか紫とか、紺とかそういう暗―い色。ああいう人が描くんだから、きっと暗い絵だよね?」
 岡元さんはくるりと包みを回しながら、器用に包みの継ぎ目にセロハンテープを貼った。

 最後の岡元さんの疑問形の言葉に、私も内心では同意していた。明るい絵を描くところは、あまり想像できない。
 けれど、なにか話をするきっかけになるかもしれない、と私は思った。どんな人か素性が分からないと、怖さは残るだけなので、なにか話をしたいと、ずっと思っていたのだ。

 次の日、また朝早くに曇りさんが来ていたので、私は、ほうきとちりとりを片手に、曇りさんの前に立った。
 相変わらず、小雨が降っていて、曇りさんはリュックサックを背負い、濃紺の折り畳みがさを差している。
 私が立ったことに驚いたのか、彼の重たそうな瞼がすこし上下した。

「こんにちは」
「あ、ど、どど、どうも」
「いつも、お花見られてますよね?」
「ああああ、はい」

 とても緊張しているのか、曇りさんはしどろもどろになっている。
私は営業スマイルを浮かべることは得意なので、にこにことしゃべり続ける。

「絵を描かれるんですか?」
「え…なな、なんで、それを?」
「んー、ちょっと、知り合いから訊いて。すごいですね!どんな絵を描かれるのか、見てみたいです」
「は、ははは、花の絵を、描くんです」
 
 曇りさんはそう言うと、おぼつかない手つきでリュックサックからスケッチブックを取り出した。
 スケッチブックをめくって、私は驚いた。
 朝露に濡れる青い紫陽花や、薄紫のマーガレットが、とても精緻な筆遣いで描かれている。それに、花びらの一枚一枚までも細やかに描かれている。色のグラデーションもところどころ赤や黄色が混じり、絵具ならではの温かみがあって、繊細なのに懐かしさを感じさせる絵だった。
 
「わあ、この絵、すごくきれい!」
「僕、お金が、その…ないから、花を買えなくて、いつもここで観察してから、公園とかで絵にするんです。青とか紫が好きだから、そういう花を選んで描きます」

 曇りさんは少し片頬を歪めた。笑っているらしい、と気付いたのは数秒後だった。

「あの、いつも店員さんが、笑顔で、太陽みたいで、ここのお店、好きなんです…。僕、気持ち悪くて、すみません」
「いえ、そんなことないですよ」
 
 私はそういいながら、内心、曇りさんに後ろめたさを感じていた。
 勝手に見下して、彼のことをなんの面白みもない人だと決めつけていたことが恥ずかしくなったのだ。
 私は、急いで店の中に戻ると、一輪の紫陽花を持って、曇りさんの前に立った。

「これ、どうぞ」
「なんですか、これ…?」
「プレゼントです。素敵な絵を見せてくれたから」

 曇りさんは大きく口を開けて笑うと、ありがとうございます、と呟いた。

「あの、お名前なんて言うんですか?」
「雨竜です。雨の竜って書いて…」

 あ、やっぱり雨が入ってるんだ、と私はおかしくなった。けれど、いまイメージするのは、どんよりした曇り空ではなく、やさしい天気雨だ。
 私が太陽だとしたら、彼みたいな雨の人もきっと、花には必要な人なのだ。こんな風に不器用だけど、花をめでて、愛してくれる人。

 私がくすくすと笑っているのを見て、雨竜さんは不思議そうな顔をした。
 降りしきる雨が弱くなり、空の雲の切れ間から光がこぼれるように太陽の光が私たちの下にさし始める。
 私はそれを見て、太陽と雨が混じりあった、綺麗な空模様だと思った。

END

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読んでいただきありがとうございました✨

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