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短編bl小説「君と春宵に」

男子高校生の、肉体的接触のないオリジナルライトblです。

正反対の性格の親友同士。
だが、一方は相手に片思いしていて…。
というシチュエーションです。

季節設定は春で、「エモい」をテーマにしました。
(エブリスタにも投稿しましたが少し加筆修正いたしました。)

よければ、お楽しみください。



 季節は、4月。待永静香(まちなが しずか)は心穏やかな高校2年生の新学期の始まりを迎えていた。なぜなら、無二の親友、小日向陸矢(こひなた りくや)と同じクラスになったからだ。
 本好きで無所属のおとなしい静香と、活発でサッカー部の陸矢は、正反対の性格なのに、なぜか馬が合った。ふたりは1年生のときから一緒に弁当を食べ、つるんで行動している。
 今年もまた、陸矢と同じクラスになれたことに、静香は安堵し、新たな学校生活への期待に満ちていた。
 静香は始業時間の30分前には登校し、いつも本を読んでいる。新学期初日の今日も、1年生の時とおなじように時間通りに登校した。静香が教室に向かっている途中、廊下の掲示板に目が留まる。
「桜まつり…」
 満開の桜が華やかに描かれたそのポスターは、4月中旬から開かれる花見の開催を知らせている。静香の頭に陸矢の顔が浮かび、静香は少し頬が赤らむのを感じる。
「(陸矢とふたりで出かけられたら、いいな。でも…あいつ、部活だし。ていうか僕が誘ったら、下心ありすぎじゃないかな?)」
 静香は、陸矢に密かに友達以上の恋心を抱いていた。親友の延長上のような、憧れだけではない。陸矢の笑顔や、心を独り占めしたいと思ってしまう。その気持ちに気づいてからというもの、静香は遊ぶのも気軽に誘えなくなってしまっている。
 静香はきっと陸矢を誘うのは無理だろうと思い桜まつりのことは忘れようと、リュックサックを肩にかけ直し、教室へ向かった。
 静香が席につき、読書をしていると、始業の10分前に陸矢がやって来た。
「おーい!静香!おはよう!」
 教室中に響くような声であいさつすると、陸矢はまっすぐに静香の席へやってきて、静香の前の席に座った。
「おはよう。元気だね」
「へへへ。だって、お前と同じクラスになれたんだぜ?嬉しくて仕方ないよ。あ、今年もよろしくな」
 陸矢の言葉に深い意味はないと分かっているものの、静香の心臓が小さく跳ねる。よろしく、と小さい声で呟き、静香は本に視線を戻した。陸矢は、体を前のめりにして、静香の手元を覗き込むようにしてくる。相変わらずの距離の近さに静香の顔が紅潮した。
「うわっ、なに!?」
「なーに読んでんだよ。俺にも見せて。…後撰和歌集?」
「いいよ。鎌倉時代の勅撰和歌集のことだよ」
 陸矢は本を受け取ると、ぱらぱらとページをめくっていく。どこか気になるページがあったのか、ひとつのページをしばらく見つめ、うーん、と唸った。
「ふーん。なんか、俺にはよくわかんねーけど。静香って相変わらず本、好きだよな」
 陸矢は本を閉じると静香にそれを返した。
「(陸矢がこういうの興味ないってわかってたけど、やっぱりか)」
 静香は苦笑しながら、本を手元に引き寄せる。
「ま、でもさ。あんまり本読んでると、目が悪くなっちゃうぞ~」
 と陸矢はふざけ半分で、静香のかけているラウンド型の眼鏡に手を掛けた。こめかみに陸矢の指先が触れ、静香の鼓動がうるさいくらいに早まる。
「ちょっと、やめてよ」
「ははは。悪い悪い。お前の反応がかわいいから、つい」
 静香が顔を赤らめると始業の鐘が鳴り、
「じゃあな」
と軽く言うと、陸矢は自分の席へ向かった。
 静香は動悸を押さえようと深呼吸をひとつする。陸矢の行動のひとつひとつは、友達としての親密さからくるものだと思おうとしても、どこかに期待をしてしまう自分がいる。陸矢はなにも考えてないんだろうけどずるいよな、と静香は心の中で呟いた。

 春の夜は冷え込み、昼とは温度が一変する。自室の窓を開け、まだ冬の名残で冷たい空気に静香は肌をさらした。冷え冷えとした空気を吸い込むと、静香は勉強への集中力も上がるような気になる。
 課題をやろうと机に向かおうとしたとき、スマホが振動した。電話の相手は陸矢だ。
「はい、もしもし」
「おー、静香?いま平気か?」
「うん。どうしたの?」
 緊張で声が上ずらないように、静香は咳払いをひとつした。
「今週さ、日曜。桜祭り行かねえ?俺、部活あるんだけど、夜だったら行けそうだからさ」
「え…」
「あー、嫌?」
「ううん、全然。行く!絶対行く」
 静香は勢いよくかぶりを振って、返事をした。
「ははは、いい返事」
 スピーカ―越しに、陸矢の快活な笑い声がする。心が明るくなるようなその声に静香の心臓が締め付けられた。
「あたらよの 月と花とを同じくは あはれ知られむ 人にみせばや」
 記憶をひっぱりだしているのか、たどたどしい声だ。だが、どこかもったいぶったような口調で、陸矢がそう言った。陸矢の口から出た思いがけない言葉に、静香が目を丸くする。
「あ…源信明の歌だね」
「なんか、朝読んで、いいなーって思って覚えてた。あれって、ふたりで見る花はもっときれいって意味だよな?」
「うーん…すこし違うと思うけど、陸矢らしい解釈だね」
「だろ?親友といっしょなら、もっと花見も楽しいと思うんだよな。…じゃ、日曜日、19:00に会場で。現地集合な」
 通話が終了し、静香は湧き上がってくる喜びを噛みしめる。
 陸矢が自分の読んでいた本に、興味を持ってくれていたのも静香は嬉しかった。陸矢とふたりで、学校じゃないところで会えることはもっと嬉しい。
 静香は電話が切れた後も、スマホを握りしめていた。だが、通話の最後の「親友」という言葉がひっかかった。けれども男の自分がそれ以上の感情を同姓の陸矢に求めるのは間違っている気がした。
「すごくどきどきするけど楽しみだな…」
 静香はそう呟いた。

 桜祭り当日になり、静香は地下鉄の駅を上がったところで、陸矢を待っていた。地下鉄の駅と直通の公園が、桜祭りの会場だ。屋台の提灯が橙色の光でともされ、カップルや友だち連れでにぎわっている。
 静香も高揚しながら、陸矢がやってくるのを待ち焦がれた。30分ほど約束の時間を過ぎ、陸矢が地下鉄の地下道から上がってきた。
「おーい!悪い。遅くなった」
「あ…うん。待ってないよ。全然」
 静香は私服のカーディガンにチノパンという恰好だが、陸矢は制服を着て、大きなスポーツバッグを肩にかけている。陸矢は静香の言葉にほっとしたように、
「そうか?じゃ、行こうぜ。腹も減ったし、なんか買っていくか」
 静香と陸矢は桜が散りそめる中を並んで歩いた。静香は胸がいっぱいになりながら、自分より頭ひとつ大きい陸矢の顔を見上げた。よく見ると、提灯の灯りに照らされたその頬に擦り傷があり、静香は陸矢に言った。
「怪我してるけど、大丈夫?」
「ん?あー、今日練習試合でさ。相手とゴール際でボール取り合って突っ込んだら、思い切り転んだ」
「え…大丈夫?」
「へーき、へーき。ただの擦り傷だから。こんくらい、嫌になるほど経験しなきゃ強くなれないって」
 陸矢がそう呟き、静香の胸が熱くなる。陸矢は強豪のサッカー部で、過酷な練習のかいもあってスタメンになっている。サッカーにかける思いは人一倍強い陸矢のことを、静香は尊敬していた。
「(陸矢のこういうところ、好きだな)」
「お!肉巻きおにぎり!俺、もー腹減って死にそうなんだ。食うか?」
「うん、おいしそうだね」
「あっちには焼きそばがある!うわ、うまそー」
「(花より団子って感じだね…)」
 二人は、肉巻きおにぎり、焼きそば、たこ焼きを買い、近くの花壇の囲いに腰を下ろした。
ベンチやテーブルにはすでに人が座っており、空いているところは花壇位しかなさそうだった。
「どこも人がいっぱいだなー。じゃ、喰おうぜ。いっただきまーす」
 陸矢は割箸を割り、焼きそばに食らいつく。静香も肉巻きおにぎりに手をつけた。
「うん、美味い」
「おいしいね…でも、こんなに食べれるかな」
「大丈夫、俺、腹減ってるから」
 陸矢の堂々とした言葉に静香はあきれたように苦笑いを浮かべた。焼きそばを咀嚼しながら、陸矢が桜を見上げる。静香も同じように桜を見上げた。
 薄桃色の花弁は、ふわふわと頼りなく風に揺れながら、花を散らしている。
 周りには陸矢だけではなく、大勢の人が桜を見上げていて、いま、この場所で同じ桜を見上げている人がこんなにもいることに、静香の胸があたたかくなる。
「きれいだな」
「桜の花って、なんか、はかないよね」
「はかない?」 
 陸矢に訊き返され、静香の頬が赤く染まる。
「あ…桜の咲く季節って、ほんと一瞬で、なんか、そんな風にあっという間に散っちゃうものをこうしてみんなで眺めて…そういうのってなんかほんと尊いというか、はかないというか…」
 と静香がどもりながらつぶやく。
 陸矢はしばし黙って桜を見つめていた。二人の間に沈黙が流れる。
「なんか、僕変なこと言っちゃったよね。ごめん」
「いや、いいこと言うな」
 陸矢は静香の方を見て微笑んだ。
「俺、あの歌の意味、やっと分かった気がする」
「え?歌…?」
「うん。ふたりで見るからきれいなんじゃなくて、静香みたいにいろんなことを感じるやつと一緒に見る桜は、いつもと違って見える。なんつーか、愛しい?って感じ」
 愛しい、という言葉に静香の顔が赤らむ。自分の思っていることが、陸矢も同じように思ってくれていることに喜びを感じた。
 静香の眼を、黙ったまま陸矢がまっすぐにみつめてくる。
 視線に耐えられなくなりそうになったとき、陸矢がはにかんだように言った。少し言いよどみながら、苦しんでいるのか、喜んでいるのかわからない表情を浮かべている。
「なあ、俺がもし、お前のこと好きだって言ったら…お前どうする?」
「え…?」
 陸矢は顔を真っ赤にして、静香を見つめてきた。
 その言葉は波紋のように広がり、静香の胸にこらえきれない感情が沸き上がる。
「おい、なんか言ってくれ。黙るなよ。…返事は?」
 唇をとがらせ、陸矢が居心地悪そうにする。
「ぼ、僕も…僕も、陸矢が好きだよ」
 そう上ずった声で静香が叫ぶ。緊張で声が裏返り、妙な声になっていた。
 陸矢は、いい返事すぎ、と言って、おかしそうに肩を揺らした。
「だって、ずっと好きだったんだよ、陸矢のこと」
 笑わないでよ、と静香が呟く。静香の眼がしらが熱くなり、鼓動は鼓膜に響くほど鳴っていた。
「ごめん、ごめん。…すげー緊張した。うん、俺も」
 春の優しい風が吹き抜け、桜の花びらが二人の間に散る。桜の花びらを見上げる陸矢の顔が、静香の眼にはかすんでうまく見えない。
「これから、ずっとお前と一緒に桜が見たいよ」
 陸矢のあたたかな声が、静香の頭上から降り注いだ。
 静香はそっと陸矢の手に自分の手を重ねる。初めて触った陸矢の手はごつごつしていて少し骨ばっていた。

END

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あたらよの 月と花とを同じくは あはれ知られむ 人にみせばや
源 信明

現代語訳
明けるのがもったいないくらいのすばらしい夜の月と花、どうせ見るのならこの良さをわかってくれる人と一緒にみたい

こちらの和歌をヒントに創作いたしました。

ここまで読んでいただきありがとうございました。
また機会があれば、別作品もお読みください(^^♪

因幡


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