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オリジナル短編小説「サインボール」

 野球は、たまに見に行きますね~。
 球場で飲む炭酸が美味しいんですよね!
 サッカー、バスケよりは野球派です!


 みなさんは、野球見に行きますか?⚾

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「サインボール」(2024年7月5日)
  僕の世界には、ゲームと漫画とアニメしかなくてよかった。
 勉強は面白くなかったし、僕と話の合うやつはクラスにいなかったので、僕は中学2年に上がった時から、学校へ行かなくなった。
 しばらく朝の3時に寝て、昼の14時に起きる生活が続いた。
部屋にいる間は動画やアニメを見たり、ソーシャルゲームをしたりした。たまにコンビニに買い物に行くほかは、僕は部屋に引きこもっている。
 最初、母さんと父さんは心配して、僕を学校へ連れて行こうとしたけど、そのうち諦めたのか何も言わずに部屋の前にご飯を用意してくれるようになった。
 そんな昼夜逆転の生活をしているうちに、支援員さんというのが来て、僕はなんとか朝の8時に起きる生活に戻ることができた。
 ただ、学校へ行くことはできなかった。別に嫌だとか、怖いわけじゃない。
 テレビも見ないし、勉強もできない、世間知らずで馬鹿な僕がいまさら学校へ行っても、もう手遅れのような気がするだけだ。

 僕は12月の終わりごろ、自転車のかごに汚れた野球グラブ、金属バット、そして誰かの選手のサインボールを積んで、リサイクルショップへと向かっていた。
 サインボールは、リビングの神棚に飾ってあったものだ。昭和に活躍した、あさなんとかという投手のものらしい。父さんがよく自慢げに話しているが、興味がなかったのであまり覚えていなかった。
 新しい家庭用ゲーム機のソフトが発売されるとSNSで知り、お金の足りなかった僕は、こっそり家にあった野球用品を売ることにしたのだった。

 僕は、リサイクルショップへ向かって、河川敷の上を漕いでいた。 
 冷たい風が僕の頬に吹き付け、ペダルを踏むそばから寒くて体が凍りそうになってくる。がしがしとペダルを回して、僕は必死に体を温めようとした。
 川辺に目をやると、寒い中ダウンを着込んで写生するおばあさんや、トレーニングウエアを着て走っているおじさんの姿がある。
 僕がぼんやりと景色を眺めていると、プードルを連れたお姉さんとすれ違う。お姉さんの横を通り過ぎようとしたとき、リードを引きちぎりそうな勢いで、そのプードルが吠えてきた。
「うわあ!」
 驚いた僕はバランスを崩し、派手な音を立てて自転車ごと横倒しになった。
 自転車のカゴから、グラブやバットが倒れ、サインボールがころころと転がっていく。そのまま歩道から芝生の方まで転がって、サインボールは川に落ちそうになった。
「あ…!」
 僕が慌てた時、芝生で川を眺めていた男性がサインボールを拾ってくれた。僕は急いで立ち上がり、男性の元へ走った。
 男性は上下の黒いジャージを着て、肌は日に焼けて浅黒い。刈り込まれた髪がジャージとよく似合っていて、足は筋肉質なのにすらっと長かった。
「あ、これ君の?」
 男性は僕の方を見た。
「はい、ありがとうございます」
 男性はしげしげとサインボールを見た後、僕の方をじっと見た。サインボールは、まだ男性の手の中だ。男性の柴犬のような黒い瞳に見つめられ、僕は冬なのに背中に汗を掻く。
「あの…なんですか?」
「いや。君…野球するわけじゃなさそうだね。なんでボール持ってるの?」
「欲しいゲームがあるから、売りに行くんです」
 男性はふーん、と呟いた後、サインボールを手の中でくるくると回した。
「ねえ、キャッチボールしようよ」
「はい?」
「俺、野球するからさ。付き合ってよ。そこにグラブあるでしょ」
 引きこもりの僕は断る口実も浮かんでは来ず、男性の強引な口調に引っ張られてしまった。僕は自転車を立て直して、しぶしぶグラブを拾って手にはめた。男性にもグラブを渡す。
 男性はグラブをはめるとサインボールを手のひらに納め、僕の方へ向かって投げてきた。グラブの位置にぴったりで、僕は手を上げるだけでとることができた。
 僕がボールを投げると、ボールは飛距離が短く、すぐに落下してしまう。だが、男性は素早く落下点に入って捕球したり、転がったボールは腰を落として捕球し、流れるような動作で送球に入ったりした。
 僕は男性の鮮やかな動作に見とれてしまう。
引き続き、男性が投げるボールはどれも僕のグラブの位置にちょうどよく投げられる。
 僕が5度めに捕球したとき、
「きみ、なかなか筋がいいよ」
 男性はそう言って口角を上げた。僕は嬉しくなって
「もっと速い球投げてもいいですよ」
と言った。
 男性はへぇ、と呟くと肩を回す。
 男性は僕の胸の位置にあるグラブめがけて速い球を投げてきた。
 男性が投げたボールは僕のグラブにぱあん、という小気味よい音を立てて吸い込まれた。僕の手のひらがじんじんと震える。僕はびっくりして、グラブのはまった手のひらを見つめた。
「悪い、ちょっと強かった?」
「いや…」
「あんまり遊ぶと監督に怒られるかな」
と男性は呟き、僕の方へ近づいてくると、グラブを外して自転車のかごに入れた。
「なんか、すごい楽しかったです。…生きてるって感じがした」
 男性は僕の言葉を聞いて、ちょっと目を見開いた。
「いつか野球やるかもしれないし、もったいないから、こういうの売るのはやめといたら?」
 と男性が僕に言う。僕は返事をしなかったけど、売るのはもったいないような気分になっていた。
「僕、帰ります」
「そのほうがいいよ。付き合ってくれてありがとう。…よいお年を、少年」
 そう言って男性は僕を見送ってくれた。僕は自転車を元来た道の方へ漕ぎ始めた。
 結局、未成年はリサイクルショップに売りにいくことはできないと後で知り、どちらにしろ僕はソフトを買うことはできなかった。

 僕は形式上、中学3年生になった。相変わらず、ゲームと漫画とアニメに埋もれた毎日だが、ひとつ新しいものが加わった。
 週末には、父さんとキャッチボールをすることになったのだ。
僕は河川敷でキャッチボールの練習をしながら、あの男性といつまた会えるのか、期待していた。
 4月のはじめの夕方、僕は晩酌をする父さんの横で一緒にゲームをしていた。
 野球のシーズンが始まったのだと、父さんは野球中継を見ながら美味そうにビールを飲んでいる。僕はテレビの画面は観ずに、ゲーム画面に目をやっていた。
「今日の勝利投手は、浅野快児(あさのかいじ)選手です!」
「ありがとうございます!」
 僕は聞き覚えのある声がテレビから聞こえてきて、顔を上げた。テレビに映っていたのは河川敷で会ったあの男性だった。
「と、父さん。この人…」
「ん?舟、(しゅう)知ってるのか?浅野の親父さんも野球選手でな。浅野喜大(あさのよしひろ)って言って、すごい投手だったんだぞ。ほら、サインボール、神棚に飾ってあるだろ?」
 僕は父さんの声を聞きながら、口を開けてテレビ画面に見入っていた。たくさんのフラッシュと大歓声の中で、浅野選手は目をすがめている。
「今日の勝利を誰に届けたいですか?」
「そうですね…年末に地元に帰ってたんですけど、親父のサインボールでキャッチボールをした子がいるんです。その子にあげたいな」
 僕の胸の奥がじんわりと熱くなった。父さんはなにも知らず、テレビを眺めながらうんうん、と頷いている。
「随分ラッキーな子もいるもんだな」
 僕は自分の手のひらを眺めた。あのときのしびれは、今も昨日のことのように思い出せる。
「…父さん、僕、今度学校へ行ってみるよ」
 僕はおずおずと、そう呟いた。
 父さんはそれを聞いて、目を丸くした後、
「そうかあ」
と言って、泣き笑いのような顔をした。
 テレビの中の浅野選手は拍手に包まれている。澄ました顔をしていたが、その頬を流れる汗はぴかぴかと輝いていた。

END(3250字)

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読んでいただきありがとうございました(^_-)-☆

野球のシーンを書くのが難しかったです…。
爽やかな気分になっていただければ幸いです。


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