私の52個のエートル トゥルマンテ ◆29個目◆
◇虎のブルちゃん◇
会社で新しいシステムが導入された。
仕事内容そのものは変わっていない。
でも、みんなが慣れないから、なかなか進まない。
そして、新しく導入された賢いシステムが牙をむいてくる。
入力方法がよくわからない私に、「違う! 違う!」とアラートが次々と表示されるのだ。
違ったものを入力するとアラートが出て、正しいものを入れるよう促してくれる、とっても便利な仕組み。
この仕組みがあるから初心者でも楽にできる――という触れ込みなのだが、例外もあって、下手に業務を知っているがゆえに「この入力内容で合ってるんだけどな…」と思うこともしばしば。
アラートはあくまで注意喚起であり、実際に間違った入力をしているわけではないのだ。
アラート自体はありがたいけれど、とんでもない量を出してくる。心配性も甚だしい。
たった一つの案件で、26件ものアラートが出ることがある。「そんなに間違った覚えはないぞ…?」と頭を抱えつつ、何を直せばいいのか、直す必要がないのかを見極めるだけで、時間がどんどん過ぎていく。
システム導入初期ということもあり、ヘルプデスクに電話しても全然つながらない。やっとの思いでつながったかと思えば、「御社の手続きに基づいて進めてください」と冷たく返され、肝心の答えは得られない。本部のシステム担当にメールで問い合わせても、忙しいのか返信が来る気配はゼロ。「これ、どうすればいいのよ!」と叫びたい気持ちを抑えつつ、とにかく前に進むしかない。
もちろんわかっている。こんな状況は一時的なものだ。慣れればきっと楽になるはずだ。
そのために会社が結構な額の導入費用を出して、このシステムを入れたのだから。誰でもできるようにするためのアラートが、重度の心配性のお父さんみたいになっているのも、まあ納得はしている。
でも、今この瞬間がもどかしい。そんな私の様子を見て、いつもは強気なブルちゃんが助けを求めるタレ目がちな視線を飛ばしてくる。「わからないんですけど」と訴えているのだ。
「ブルちゃん、今そんな顔されてもね、私もわからないんだよ!」と内心で叫ぶ。
*ブルちゃんについては「私の52個のエートル トゥルマンテ ◆1個目◆」で書いていますので、よかったら見てください。
普段なら「はい、はい、どうしたんですか?」と言って話を聞くのだが、今はとても構っていられない。
申し訳ないけれど、ブルちゃんに気を取られている暇はないのだ。ブルちゃんは「わからない」と唸りまくるので、なだめる必要がある。何回か説明しないと納得しない。それを納得させる時間が今はない。ますます物事が進まなくなる。
幸い、同じシステムを使う他の同僚とは情報を共有しながら少しずつ前進している。
同じレベル感で「これどうなってる?」「こうやったら解決したよ」と話せる人たちは心強い。
一方で、「もう無理! わからない!」と最初から諦めてしまうタイプの人とは一緒に進めるのは難しい。
ブルちゃんのように、私の足にしがみついてくるような人とでは、前に進むどころか溺れてしまうのだ。
だから私は、仲間と知恵を出し合いながら、ブルちゃんに「わかってから教えるから!」と心で叫びつつ、このもどかしい日々を何とか乗り越えようとしている。
ふと見ると、ブルちゃんが手続きを読んでいた。
家に帰ってこのことを家族に話した。
「なんかさー、ブルちゃんの話、『虎が自分の子を谷に突き落とす話』を思い出したよ。」
「あー古くから伝わる教訓話かぁ。親が子をあえて厳しい状況に置くことで、強くたくましく育てるってやつね。」
さほど育ててないし、愛情ってわけでもないけど、ブルちゃんの成長になれば構わないのもアリですかね?
あれれ?我が家族よ、こんかいのはなし、私が新システムという谷に突き落とされた経験なんじゃないか?
むしろ私が落とされてる側でしょ。
なんかブルちゃんの成長よかったね話にすり替わってるけど…