天国
ストゼロ2本に飽き足らずセブンの180円のライムのやつも飲んだ俺はお風呂に入ろうと、お風呂にこれから入るのだと思ったまんま床で息を引き取った。
翌朝=今朝、床から与えられたビタミンやらリコピンやらによって息を吹き返した俺は隣で伸びていたスマホを叩き起こして13時であることを知った。おいスマホ!聞いたか!13時だってよ!
そんでお母さんがロッテリアから帰ってきて、とりあえず一緒にハンバーガーを食べた。違うよ、お母さんはロッテリアのキッチンで製造されたものじゃないよ。
「あんたにはこれだよ」
青いローブを着た皺くちゃの婆さんが絶品チーズバーガーを手渡してくれる。実際には花柄のふわふわした襟の上着にモンスターズインクの半ズボンを穿いていた。
もぐもぐやりながらぽかぽかを一緒に観る。母は髪をアイロン掛けしたばかりでありふんわりまっすぐさらさらしていたし、化粧もしていた。内側から10代20代30代40代50代が見えるようで59歳の表面がその脱出を抑えているように見えた。
「母ちゃん60には見えないよね」
「あらそう。この前なんとかさんにも言われたのよ。なんとかさん今大変で…」
母の気分を上げることに成功したと思ったけど大変系の話を一緒に引いてしまいやっぱり下がったかもしれず、ミスったかも~と思った。会話は何でもありのさつまいも掘りなんやね。
元木大介がココリコの遠藤に似ていると母が言った。まあ確かに似てたので似てるねと返した。しかし逆にこっちが「あの人○○に似てるね」と言ってもヒットしないこともあり、そういうとき母は「こいつセンスねえ~」といった内心を隠しきれない訳で、そうなるとこちらはものすごくムカつくハメになるのだった。「○○に似てるね」ということに関する母の自分のセンスへの絶対的確信、それ以外のセンスへの侮蔑、それが俺はとっても下らなくて憎い。
冷めたポテトを無理矢理口に入れて咀嚼する。ポテトは熱いうちに食えっていう諺あってもいいと思う。え、もう似たようなのがある?そうして腹いっぱいになった親子は昼飯を終えた。
それからしばらく部屋でごろごろしながら将棋アプリで遊んでいた。全然要領が掴めない。ただやっててもだめなんだろなあと思う。図書館で借りた羽生善治の入門書の続きを読まなきゃなあと思う。でももうルール説明の章が終わってしまって、続きからはちょっと難しい気がして面倒くさい。
将棋をしててもしょうがないし、羽生善治も面倒くさいしで散歩に行くことにした。外に出ると陽射しが眩しかった。天気が良くて、良い天気だった。もっと陽射しをくれと思い、土手の上を歩くことにした。
歩いていると「自分はうだつの上がらない」だの「自分はどうしようもなく頭が悪い」だの「そんなことを言っても、そんなことを言っているだけで、何がどうしてうだつが上がらないのかとか頭が悪いのかということは全然想像できていない」だの考えるのだった。煤けた空箱のような思考。
自分が見ている景色は美しいのだろうか。美しさを失ったように思っているけど、もっと損なわれた景色を持つ人も居るのかもしれず、生まれてこの方そんな人も居るのかもしれず、ならば自分は美しい景色を見ているのかもしれない。
自分が何者なのかも忘れてしまう。いや、名前も年齢も住所も言えるではないか。でも言った後、やっぱりそれは無くなっている。でもまた言うことはできるのだろうし。連続性を失ったまま。今とここしか見えていない感覚。自分が誰とかどういう文脈にあるとかを書いたメモ帳でも作ろうか。そんなものを他人が見たら奇妙に思うだろうな。
小学生の頃は全てが繋がっていた。過去と未来とあっちとこっちが繋がっていた。僕の人生は終わってしまったのだろうか。それでも構わないか。小学生の頃の友達に何かを与えられたのだろうし、自分も何かを貰った。それが自分の役割だったんだとすれば、今もこれからももう役割を終えた生なのではないか。そう思ったとき、刹那、微かに現実感が湧いた気がして、すぐに風に吹かれて消えた。
役割を終えたのに生きているとは不思議なものだ。せめて役割には人生よりも長くあって欲しいものだ。
また生きられるのだろうか。またある時から人生が始まるのだろうか。
この宇宙は始まったから始まった。始まったきっかけとかはどうでもよくて、神様の仕業でも人間の仕業でもたまたま風が吹いたからでも桶屋が儲かったからでもよかった。自分で始めればまた始まるのかもしれない。
何かに襲われるみたいに始まるのが好きだった。エレンイェーガーみたいに。運動会とか合掌コンクールみたいに。鬱の頃は鬱がそれで、それはそれで好ましくはあったのかもしれない。
何もかもを持っているのは大変なので、文化に預ける、文化から借りる。友達から借りてたから連続性を得られていたのかもしれない。
余生なのかもしれないなんてお爺さんお婆さんは言わないんだろう。余生なのだと言い切るだろうから。そんなの当たり前過ぎて普通言わないんだろうけど。