こどもが世界を怖いとおもうわけ ー川上弘美「大好きな本 川上弘美書評集」ー
子供のころはお化けが怖かった。愛読していた学習図鑑も鯨の泳ぐページだけは、飛ばして見ないようにした。
大人になって、お化けの話が好きになった。正確に言えば、幻想文学の愛読者になった。
世界は言葉でできていることを前提とすると、幻想文学とは、こちら側とあちら側の境界を発見する試みである。境界を越えてあちら側(異界)に行って帰ってくる冒険譚はファンタジーと呼ばれ、あちら側(あの世)に行きっぱなしの世界はXXガイとかオカルトとか呼ばれる。
川上弘美さんは、日常生活が突然と、足元から地面がぬけそうになる、儚く不思議な短編を書く美人小説家である。ある日、彼女が谷内六郎の本について朝日新聞に書いていた書評を見つけ、一読した。幻想文学を愛好する者の行く途を指し示す思いがして、大切に切り抜いておいた。
ファンタジーのヒーローが賞賛されるのは、その勇気でなく、あちら側で甘美な世界に誘惑されても戻ってくる倫理観にある。幻想文学の愛読者が注目されないのは、臆病なので、境界のクレバスを見つけたら、そこで満足して引き帰してくるだけだからである。
自分の好きなものに、ファンタジーに囲まれて生きていくことは、不安なく楽しく安全なことではあるが、興味のないものや悪夢・無秩序とつきあっていくことにもそれなりの楽しさがあるのです、とだけつけくわえておきたい。