
会越・八十里越古道 2024.10/31~11/1

【憧れの古道を歩く】

八十里越は越後と会津の交易の中核を担う街道として古代から存在し、豪雪地であるが故の嶮路にもかかわらず多くの人々・駄獣が往来する幹線道路だった。
当然一年の半分は雪深く覆われ春が来ても雪害による道の修復に多大な金と労力を要し、時折の台風や豪雨の被害もままならない。
それでも毎年のように地道に修復し繋ぎ止め、長い年月の間八十里越は会越の物流の要として存在し続けていた。
明治の最盛期には年間1万8000人もの往来があった八十里越を衰退させたのは今年(2024年)開通110周年を迎えた磐越西線だ。
西洋からもたらされた蒸気機関による圧倒的な移送力の前には八十里越の駄獣や人足による物資の運搬などもはや滅び去った武士と同じく無用の存在でしかなかった。
こうして徐々に地元民の細々とした交流や山の恵みを得るためだけのささやかな生活道路に成り果てたいにしえの道は人々の記憶から消えていった。
その八十里越を失われた過去への憧憬と共に高度経済成長に邁進する日本人の前に再び蘇らせたのは司馬遼太郎の歴史小説「峠」だ。
「峠」がなかったら八十里越の存在は今以上に忘れ去られ僕もおそらく歩くことはなかっただろう。
そしてまた八十里越の旅を急がせることになった理由がもうひとつある。
現在日本に残された秘境のひとつといって差し支えないこの下田山塊を貫く国道289号線の竣工が2027年と間近に迫っているのだ。
289号線は八十里越とほぼ並行するようなかたちで新潟と会津を結ぶ田中角栄肝入りの事業として1970年代初頭から開発が進められていたが、豪雪の難所故に令和になってすらも工事が続けられ、もしかしたら永遠に日の目を見ることがないのではないかと囁かれていたが、近頃ようやく2027年の夏頃に開通見込みと公表された(それでも当面は雪のない時期の暫定開通だという)。
この国道が開通された暁には山深い古色蒼然たる古道の眼下にけたたましい音で爆走する車が溢れかえるのは目に見えている。
そうなればこの道の価値も魅力も半減してしまうだろう。そうなる前に美しいままの古道の記憶をこの目に焼き付けたかったのだ。

この日の早朝20年来の憧れを背負って快晴の空の下新潟県側の登山口である吉ヶ平を歩き出した。
吉ヶ平にはかつてあった分校の跡地に改築された吉ヶ平山荘(現在はキャンプのみ宿泊可)があり山旅の準備をしていると管理人がなめこ汁を振る舞ってくれた。

道は当初なるほど牛馬が往来していたことを伺わせるものだったが、歩くにつれ怪しくなり急登や難儀な沢の横断を繰り返しとても日に何百人もの旅人が往来した道とは思えなくなってくる。
年月を経て八十里越は幾重にもその道筋を変えていったのだろう。
泥濘もひどいもので確実に登山靴でなく長靴で来るべきだったと後悔する。スパイク付きなら尚更良いだろう。

それでも紅葉は素晴らしかった。
ブナの森の黄葉、そしてこの山塊に顕著なアバランチシュートと呼ばれる山のスラブに這う低灌木が見事な秋の彩りを見せてくれた。
他の有名山域のように著名な山も標高もなく地味といっても差し支えないこの下田川内の山々にはこの上ない魅力がある。
ロマンといって良いだろう。
昔のように頻繁に沢も山スキーも行かなくなってしまったが、それでも毎年のように登山道すら覚束ないこの山域を訪れてしまうのは抗えない魔力があるからに違いない。



難路であったが草刈りとロープの設置のおかげでそれほどの労力もなく鞍掛峠に着くことができた。この山奥で毎年の登山道整備は大変な労力に違いなく感謝の一言に尽きる。
鞍掛峠からは新潟平野の向こうに遠く日本海を望むことができた。
いにしえの旅人達はここで惜別の念を持って故郷の海を振り返り前に進み、また初めて見る海に感嘆し峠を降りていったことだろう。

鞍掛峠からは只見のランドマークたる浅草岳が眼前に迫ってくる。
この日は田代平付近の広い空き地にテントを張る。
ブナの森に囲まれた穏やかな山の夜。



翌日も快晴から始まる。
木ノ根峠までは歩きやすい道だったがその先は話に聞いていた通りの更なる泥濘の悪路に苦戦する。

本来の八十里越古道はこのまま浅草岳に登り返すように道がつけられていたが、数々の自然災害のたびに改修工事が行われ現在歩かれている新道は尾根をトラバースするように標高を徐々に下げ大麻平へと続いている。
アスファルトで幅広く舗装され重機が縦列駐車された大麻平の登山口に着くと、それまでのブナの魔法が解け一気に夢から覚めたかのように各人が黙り込んでしまった。
あとは開通前の無人の国道289号線を黙々と歩くだけ。
晩秋の只見の空はいつの間にか厚い雲に覆われていた

この先八十里越はどうなってしまうのだろう。
国道の開通とともに町興しのために再生され観光の目玉となって令和の世を生き延びるかもしれない。
または過疎とともに手入れをする人間がいなくなり雑草の生い茂る廃道として滅びていく運命かもしれない。
願わくば綿々と歴史を紡いできた旅の道がこの先も歩かれ続けることを願うが、不可逆な歴史の中で都会に住む人間がいくら郷愁の念を煽って叫んだところでどうすることもできない。
悲しいが僕のような無能な人間にできることは歩くことの他にない。
八十里越のように僕の歩くのを待っている道が日本にはまだまだあるだろう。
だからこれからも愚直に歩き、古道に眠る歴史の面影を記憶の片隅に刻み続けるだけだ。
【装備】
<ギア>
モンベル・リッジラインパック80
モンベル・ウェストバッグ
モンベル・ドライ シームレス ダウンハガー900 #3
モンベル・ULフォールディングポール113
山と道・UL Pad 15+
スントコア
<アイテム>
エバニュー・ウォーターキャリー2 L
ペツル・スイフトRL
プロテクトJ1
テーピング
薬(バファリン・ガシンサン・絆創膏)
歯ブラシ
熊鈴
モバイルバッテリー5000A
ビリー缶セット
プリムス・フェムトストーブ
ガス缶(中)
ペットボトル500ml×1
ファイントラック・ナノタオル
<シューズ>
モンベル・ゴアテックス登山靴
<ウェア>
パタゴニア・ダックビルキャップ
パタゴニア・フーディ二ジャケット
ファイントラック・ドライレイヤーウォームT
ファイントラック・ストームゴージュパンツ
モンベル・メリノパンツ
インナーファクト・5本指ロングソックス
100均グローブ
ファイントラック・ドライレイヤーアームカバー
ファイントラック・ドライレイヤーグローブ
Buff
ファイントラック・ULポリゴンジャケット
山と道・ライトアルファタイツ
レインウエア(モンベル・ピークドライシェル、バーサライトパンツ、テムレス)
着替え