【レビュー企画用献本御礼】『因果推論の計量経済学』(川口康平・澤田真行:日本評論社)


はじめに

書評執筆の背景

経済セミナー編集部さんのX上でのPR企画として、書評執筆のために川口・澤田(2024)『因果推論の計量経済学』をご恵贈いただいたため、本書の書評について記載します。

評者のバックグラウンド

様々な方がPR企画で書評を書かれると思うので、参考までに自分のバックグラウンドも記載しておきます。
学生時代に経済学研究科で修士号を取得しており、現在はエコノミストとしてマクロ経済分析を行なっております。また、大学院に通学しながらファイナンス分野での研究も並行して行なっております。
ただ、大学院での専攻はマクロ経済・ファイナンスであり、本書記載のミクロ計量手法はコースワークや自習で数冊教科書を読んだ程度であり、これから修士論文などの研究に向けて身につけていく予定です。

本書の特徴

どのような本か

本書『はしがき』で記載されているように、ミクロ計量の分析手法の中でも「潜在結果アプローチ」による因果推論について解説した教科書となっています。
具体的に用いられている内容については、「無作為化実験」や「回帰非連続デザイン(RDD)」「差の差法(DID)」などであり、安井 (2020)『効果検証入門』や加藤他訳 (2024) 『因果推論入門〜ミックステープ:基礎から現代的アプローチまで』などに近しいトピックになっていると思います。

このように、ミクロ計量手法に関する教科書は徐々に増えてきていますが、その様な類書と比較して本書の最大の特徴にして魅力は、本書が「ミクロ計量手法の実践」に向けた知識・知恵がギュッと詰まっているところにあると思います。
本書は各トピックに対して「基礎編」「発展編」「応用編」から構成されていますが、「応用編」では最近一流紙に刊行された複数の論文を実証分析の「型」を用いて解説がなされています。
経済学では大学院2年次以降に関心のある分野について「トピックコース」と呼ばれる科目を取り、有名論文の輪読や発表を行いながら論文のお作法やどんなトピックが最新研究では主流になっているのかを学んでいくことが多いのですが、そのトピックコースを思い出すような構成に「応用編」はなっております。
実際に、「応用編」で示されている型を参考に、関心のある分野での論文をまとめていくだけでも卒業論文・修士論文で必要とされるレベルの先行研究確認が可能なのではないでしょうか。

また、補足サイト上で公開されている「実装編」では実際に各分析を実装するためのRコードが公開されています。先述したトピックコースやゼミでは各論文を実装に向けてレプリケーション(再現)することもあるのですが、公開されているコードはそのレプリケーションのために非常に参考になるのではないかと思います。

総じて、各セクションは以下のような目的のためのリファレンスとして自分は用いていきたいと考えています。

  • 基礎編」「発展編」:ミクロ計量分析手法の習得のため(コアコースに対応)

  • 「応用編」「実装編」:上記の分析手法の実践例および実装のため(トピックコースに対応)

もちろん、「基礎編」「発展編」でも最新の研究に関する内容が言及されており、ゼロ知識から最新研究の実践まで最短ルートで目指すために非常に参考になる構成になっているため、今後ミクロ実証分析を行う学生にとって必携の一冊になるでしょう。

どのような読者が対象か

本書『はしがき』で記載されているように、ミクロ経済学での実証研究で論文を書く人々を主に対象としたテキストとなっています。
ただ、本書で紹介されているミクロ計量手法はマクロ経済学やファイナンス分野で従来研究されていた対象にも用いられているので、先行研究理解を含めて幅広く実証分析をしたい方にとっては分野を問わず非常に参考になるのではないかと思います。
(ファイナンス分野で気候変動と住宅価格の関係を分析しているGiglio, Maggiori, Rao, Stroebel, and Weber (2021)などでも本書でも紹介されているDIDを用いています。)

前提知識については基礎的な統計学の授業や教科書を一冊読み、回帰分析までを理解していれば特に詰まることなく「基礎編」の解説から読み進めていくことが可能だと思います。

また、「応用編」に関しては、一般的な目線から見ても非常に面白いトピックが多いので、経済学の最新研究をちょっと知ってみたいと考えている会社員や高校生の方も楽しめそうです。

具体的なトピックには

  • 自国民の雇用を企業に義務付けたら、企業撤退や企業規模にどのような影響があるか

  • マルクスが学界で重要になったのはロシア革命が起きたおかげではないか

などの論文が紹介されているので、興味を持たれたらご覧になることをお勧めします。

個人的な感想

修士論文の本格的な執筆の始まる前のM1の今手に入ったのは非常にありがたい一冊でした。以前DIDで分析を行おうとしたに、その前提となる並行トレンドに関する確認や検定のハードルの高さから諦めたことがありました。ただ、本書の「応用編」では並行トレンドに対して最新の研究がどのように妥当性をチェックしているかの記載もあり、これらを参考にすることで、研究を進めていけそうです。

個人的にはある程度統計学・計量経済学に習熟した人であるならば、「応用編」で最新の研究成果を確認しながら、その手法を理解し習得するために「基礎編」と「発展編」を読むのも良いのではないかと思います。

今後、自分も本書を参考にファイナンス分野のでミクロ計量実証論文を確認していきたいと思います。(可能ならばレプリケーションまで行ってnoteとして公開したいですね)


参考文献

  • Giglio, S., Maggiori, M., Rao, K., Stroebel, J. and Weber, A. (2021) “Climate Change and Long-Run Discount Rates: Evidence from Real Estate,” Review of Financial Studies, 34 (8): 3527-3571.
    上記論文については、経済セミナーさんの海外論文SURVEYでも解説がなされています。

  • 安井翔太 (2020) 『効果検証入門』, 技術評論社.

  • Scott Cunningham 著, 加藤真大, 河中祥吾, 白木紀行, 冨田燿志, 早川裕太, 兵頭亮介, 藤田光明, 邊土名朝飛, 森脇大輔, 安井翔太 翻訳 (2023)『因果推論入門 〜ミックステープ:基礎から現代的アプローチまで』, 技術評論社.

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