くじら

時計の針は22時を回ったというのに、まだ外はうっすらと明るい。真っ暗な部屋の中に、2階のオランダ人たちのパーティの声だけが響く。

この国に来てから、ふと、
私って、ここにいなくてもいいよな
と思うことが増えた。

意見が言えず、周囲に貢献することもできず、世間話もできず、ジョークも言えない私は、この世界ではただの空気。ときに、お荷物。

大きな音が聴こえる。
質問に答えられなくて、焦って、何度も聞き返して、空気が凍りついて、そのうちみんなが私に落胆して、苦笑いが広がる。
ごめんね、できたはずなの、私にも。
積み木が崩れ落ちる。大きな音を立てて。

ただ、いつの間にか周りから去っていった他国の留学生たちの楽しそうな姿と、積み上がっていく事務作業を見つめてぼーっと立ち尽くす。
最も嫌われない言動と、必死に作った笑顔だけが私のなかに残る。他にはなにもない。
今日は上手くやれただろうか、明日は上手くいくだろうか。それだけが頭の中をぐるぐるまわる。

ゆっくり、しずかに、 残酷な事実が砂浜に押し寄せてくる。何もない浜辺。そこはずっと夜で、ひかえめな満月だけが白い砂を照らす。

うっすら気づいてはいたけど、本当だったなんて。

今日、大学の図書館で、欲しかった論文が手に入らなくて落胆していた私に声をかけてきた彼女のことを思い出す。私を追いかけてきてくれたあなたは、今日の天使だったな。
なんて不思議な話だろう。天使には、空気も見えるんだね。それとも、空気じゃないんだろうか。


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