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蝿の王子と蛆の姫⑦

このゲームにおいて生き残る為に必要なのは人間の心理を知る事だ。
出れないと分かっていても、自分の目で確かめてみたいという想いはあり、トンネルの場所まで歩いてきた。
明確に壁があるわけではない。
現実世界なら、なんとか自力で山を降りるという選択肢もある。
渓谷は越えられないが、山林から隣町へならなんとか行けなくはない。
ただ、設計上恐らく隣町というものはない。
ひたすたら歩いてみて、体力の消耗があった。
ゲームのようなパラメータがあるわけではないので、人間本来のスタミナや運動能力に連動している。
なんなら、喉の乾きや空腹が当たり前のように襲ってくる。
ゲームをしている肉体が気づいたら餓死していたなんてオチは笑えない。
「本当にあるんですか?」
「必ずある。3つのお堂の隠しアイテムはゲームの本筋には関係ないが、誰よりも早く手に入れておきたい」
少女の体をしている有坂は、自分よりも体力の消耗が激しい。
逆に少年の身体は中年時と比較するとエネルギーに満ち溢れていた。
「あまり運動ができそうにないという評価は覆さないといけない。自分が子供の頃でもこんなに動けなかったと思う」
「主人公補正だろう。私の体はそのようには出来ていない。なんなら……」
表情の中に微かに恐怖が見えた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、少なくとも私は最初の襲撃の時点では死なないはず」
シナリオ通りならという前置きがどこまで通用するのかは解らない。
「蛆神の巫女の役割はあくまでもガイドだから、もしかすると私は最後まで生き残れないのかもしれない」
「役割を終えたら解放されるんじゃないですか」
希望的な観測を伝える。
「ゲーム内だというのに、こんなにも死が怖いとは思わなかった」
小さな肩は震えているようにも見える。
「おんなじですよ。天道医師が言っていました。現実世界だって神様が創ったゲームなのかもしれない」
抱き寄せようとした手は、慣れた手つきで払い除けられた。
「あれが、最初のお堂だが。先客がいるようだ」
山の中に急に現れた小さな祠。
その前には体格のいい14、5歳位の少年が1人。
少し離れたところに小柄な6歳前後の少女がいた。
少女はその体の大きさには不釣り合いな獲物を持っていた。
「ボーガン!?」
「偽物じゃないのか?」
今出ていけば十分射程距離内だと思う。
「どうする?たぶん、少なくともあの二人はチームだと思う」
「様子を見る。二人だったらまだ楽な方で、三人目がいるってオチも考えられる」
さすがに冷静だ。
さっきまで震えていたのは演技だろうか。
「下手に動かないほうがいい。見つかったら手を上げて出る」
「わかった」
サバイバルゲームで良かった。
ホラーゲームだったら、こうはいかないだろう。

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