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第25回:スエズ運河の座礁責任を、日本企業が負う理由を解説します【海運と船舶ファイナンス】

こんにちは、JOLアドバイザーです。

2021年3月23日にエジプトのスエズ運河で、大型コンテナ船、EVER GIVEN(以下:エヴァーギブン)が座礁しました。本船は日本企業である正栄汽船が保有し、台湾大手海運会社の長栄海運に用船しています。

スエズ運河はエジプトの人工海面水路ですが、欧州とインド間での海運輸送を行う場合、スエズ運河を航行する事でアフリカの喜望岬を経由する場合と比較して航行距離を約7,000キロメートル短縮できるメリットがある事から、通行料を支払い毎年多くの船が航行している、海運の要所です。

実際に、2019年のスエズ運河の航行実績は年間1万8880隻、1日あたり51.7隻であり、既に報道で発表されれている通りスエズ運河を航行できなくなる事で世界の物流に多大なる混乱をきたします。

<スエズ運河と喜望岬>

報道ではこの事故における責任は、船舶保有者である正栄汽船が負うと報道されていますが、海運業界にかかわりが薄い方は、なぜその様な結論になるのか理解しにくいのでは無いかと思います。

そこで今回は、今回の事故に関わる登場人物と、その用船スキームを紐解きながら「何故正栄汽船が事故責任を負わなくてはならないのか」を分かりやすく解説いたします。

また、仮に本船のファイナンスに日本型オペレーティングリース(以下:リース事業)が活用されている場合、投資家にはどの様な影響が生じるのかもご説明いたします。

※各種利害関係者の契約内容は開示されていないため、海運における一般常識に照らし合わせて解説したものであり、記載の内容が100%正確なものとは言い切れない事をご了承ください。

※私について知りたい方は、下記の自己紹介をご覧ください。


⒈本件のスキーム

 ⑴登場人物

まずは、本件の登場人物とその役割を簡単にご説明いたします。

・オペレーター:長栄海運(台湾)
荷主より貨物を預かり目的地に海上輸送する事を生業にしている会社の事をオペレーターと言います。

貨物輸送の為に利用する船舶は、①自社保有のものと、②外部から用船(賃貸)で調達するケースがあり、今回座礁した船舶は「②外部からの用船」で調達したものです。

・船舶オーナー:正栄汽船(日本)
船舶の保有者の事であり、オペレーターに保有船を賃借し、その賃貸料収入を得る事を生業にしています。

・船舶管理会社: ベルンハルト・シュルテ・シップマネージメント(ドイツ、以下:BSM)
船舶オーナーが保有する船の管理を行う会社であり、具体的には船の維持管理や船員手配等を行う。

・船舶:エヴァーギヴン号(パナマ籍船)
日本の大手造船会社である今治造船が建造し、正栄汽船が保有。船籍はパナマ。

※船籍とは、船に付与される国籍の事(船は人間と同じ様に国籍が付与されます)。日本企業が保有する船舶にかかわらずパナマ船籍とする理由は、パナマは便宜置籍国と呼ばれ、航行する為に必要な船員乗船等の自由度が、日本籍にする場合と比較して高まる為です(日本籍船の場合、日本人船員を一定数乗船させなくては航行できないが、パナマ籍船であればその様な規制はない)。

なお、世界に存在する船で一番多い船籍はパナマ籍であり、船をパナマ籍とする事は海運の世界では全くおかしな事ではありません。

 ⑵相関関係

次に、上記の登場人物の相関関係をご説明致します。

①荷主が長栄海運にコンテナ貨物の海上輸送を依頼。

②長栄海運は、海上輸送の為に必要な船舶を「定期用船契約」で正栄汽船から調達。

③正栄汽船は、船舶管理をBSMに依頼。

④BSMは、正栄汽船からの船舶管理依頼に基づきエヴァーギヴン号で航行に必要な船員を手配(インド人25名)。

⑤BSMにより手配された船員が、エヴァーギヴン号に乗船し、正栄汽船が長栄海運から請け負った貨物の海上輸送を実施。


⒉責任の所在は用船契約で決まる

用船とはオペレーターが海上輸送する為に必要な船を船舶オーナーかれ借り入れる事ですが、その契約方法を大別すると以下2つになります。

⑴裸用船契約
⑵定期用船契約

 ⑴裸用船契約

裸用船とはオペレーターは、船舶オーナーから「船だけ」を借り入れる用船形態です。海上輸送に必要な船員手配や燃料代の費用負担はオペレーターが行う事から、裸用船契約とは船の賃貸借契約であり、オペレーティングリースやレンタルとも言い換えられます。

この事から、裸用船契約による海上輸送で事故が生じた場合、その責任は原則「オペレーター」が負います。

 ⑵定期用船契約

定期用船とはオペレーターは、船舶オーナーから「船+海上輸送に必要な能力一式」を借り入れる用船形態です。

具体的には、船の他に必要な船員や燃油もまとめて船舶オーナーが手配し、オペレーターが何も手配せずとも、指示をすれば海上輸送が可能な状態で貸し出すのです。つまり、定期用船契約とはオペレーターが荷主から引き受けた海上輸送業務の一部を、船舶オーナーが請負契約をしていると言い換える事ができます。

この事から、定期用船契約における海上輸送で事故が生じた場合、その責任は原則「船舶オーナー」が負います。

そして、今回の座礁事故においては、その用船形態は定期用船契約と報道されており、この事から船舶オーナーである正栄汽船がその事故責任を負う事になるのです。


⒊今回の事故で私が思う事

ここからは、あくまでも私の個人的な見解です。

今回の事故では、オペレーターとの契約形態が定期用船契約である事から正栄汽船がその責任を負う事とされています。

しかし、正栄汽船は船舶オーナーであり、貨物の輸送を指示したのは長栄海運です。また、船の管理は船舶管理会社であるBSMに外部委託しており、事故時に乗船していた船員はBSMが手配した船員のはずです。

※船舶オーナーは、船舶の保有者であるだけのケースも多く、その様な会社は今回の様に定期用船契約をする際に、船舶管理会社に船の管理を外部委託する事は一般的です。

この事から言える事は、契約上船舶オーナーである正栄汽船が本件事故の責任を負う事になるが、事故当時の航行判断に同社は一切関与していない可能性が高い事から、正栄汽船にとっては不幸な事故だという事です。

もちろん、長栄海運と定期用船契約をしたのも、BSMに船舶管理を委託したのも正栄汽船ではありますが、同社が本件の全ての事故責任を取らされるのは、やや過大感が有ると個人的には感じています。


⒋今回の事故で想定される損害賠償

今回の事故から、正栄汽船には以下の損害賠償請求がなされる可能性があります。

①離礁の為の費用

②スエズ運河を塞き止めた事で、他船が航路変更した事により生じた費用

③他船が運行できなくなった事により、スエズ運河の運営会社が得られなくなった運河航行料の補填

④スエズ運河を運行できなくなった他船の航行が延長した事で、劣化した搭載貨物の損害賠償(生物や食品など)

上記の損失がどの程度保険で補填されるのかは、個別判断的要素もあり明確には分かりません。しかし、できる限り保険からその負担がなされる事を切に願うばかりです。


⒌仮に当該船が日本型オペレーティングリースで導入されていた場合の投資家への影響

本船が仮に日本型オペレーティングリース(以下:リース事業)で導入されていたと想定して、その場合における投資家への影響をお話しします。

この場合、賃貸人を匿名組合、賃借人をオペレーターとするリース契約を締結して船舶を貸し出す事が一般的であり、その契約形態は裸用船契約となります。

その為、仮に今回の様な事故が発生した場合は、その責任はオペレーターが負う事になります(さらに、リース契約書でも、海上輸送で生じた事故の責任は全て賃借人に転嫁する内容で締結します)。

この事から、原則として投資家が不利益を被る事は無いのですが、2つのリスクが生じます。

 ⑴オペレーター(賃借人)の倒産リスク

事故の損害賠償規模が膨大となった場合、その費用負担による財務状況の悪化から、賃借人が倒産したり、リース料(用船料)の支払いを遅延する可能性があります。

その場合、賃貸人である匿名組合は当該物件を引き上げ、中古市場での売却を通じて投資家への返済原資を回収しなくてはならず、その出資金の回収に不確実性が生じるリスクが高まります。

 ⑵先取特権を行使される事による差し押さえリスク

海運の世界では、抵当権や所有権に優先する「先取特権」という権利が存在します。

これは、海運産業の従事者を保護する為の権利で、船員の未払い給与がある場合や、船舶航行にかかる費用(燃料代等)や海難救助にかかる費用の立て替え分、その他裁判所が妥当と判断した費用は、抵当権者や所有権者への弁済に優先して行われる権利です。

この事から、先取特権を講師されると船が差し押さえられ、船舶保有者(抵当権者や所有権者)が先取特権者の主張する請求代金を支払えない場合、当該船が競売にかけられ、その売却代金から先取特権者に賠償がなされます。

今回の様な事故では、その影響範囲ば膨大である事から、先取特権を主張し船舶を差し押さえにかかる先取特権者はいつ現れてもおかしくない状況です。

万が一多額の先取特権を主張されて船舶が差し押さえられた場合、先取特権者の主張する費用を支払う事で当該船は解放されますが、賃貸人である匿名組合の資産は船のみであり現金は有していない事から、その船舶解放の為に投資家が必要資金の追加出資を求められる可能性があります。

また、先取特権者への支払いができ無い場合は船舶が競売にかけられ、その売却代金を元に先取特権者への支払いがなされますが、この場合出資金は全額毀損する可能性が高いです。

この様に、船舶の世界では先取特権という権利が強く認められており、その事が船舶をリース物件とするリース事業の組成が困難な理由の1つなのです。

※先取特権についての内容を分かりやすくご説明する記事を後日作成します。

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