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私は君を愛しているんだ。私は心の中で呟いた。
愛している…愛している…何度考えてもそこまで変な気分にならなかった。なんでそんなことを考えたのだろうか。
君の周りに誰もいなかったとき、私は君に近寄った。口を開いたが言葉が出てこない。簡単に「好きです」とか「付き合ってください」といい、断られればいいことだ。なのに口から言葉が出て来なかった。
君は首をかしげていた。「どうしたの?」という目だ。
私はさっと自分の席に戻った。いつもなら普通に言えた。なのに今はいうことができなかった。なんでかはわからない。

言うことができずに一日が過ぎた。帰っているときに後悔した。あの時言っていれば何が起こっただろうか。もし受け入れてくれたら、「こっちも好きです」と言われたらどこまでうれしかっただろうか。
でもその底には拒否されたり引き下がられたりしたら…という心が渦巻いていた。そしたらどこまで悲しいのだろうか。どこまで言ったことを後悔するのだろうかと。
ため息をついたが気を取り戻した。いつものように生きていればそんなこと、すぐに忘れるだろうと思った。いつものように授業を聞き、手を上げることはない。昼休みは自分の席で本を読み、あこがれる。そんな日々を過ごしていればいいんだ。
それでいいんだよ…

次の日にはほとんど忘れていた。寝て頭の中がすっきりしたからだろう。
だが、昼休みに本を読んでいると君が来た。「ねえ」君は問いかけてくる。私は気にしないふりをした。だが、本当はとても気にしていた。私のところになんできた?
「ねえ」君はもう一度話しかけてきた。ごまかすことができずに私は顔を上げた。君はハンカチを渡してきた。
水色で白い水玉模様がついている。縦横幅は約15㎝ほど、私がどこに行ったのかと思ったハンカチだ。
「これ、落としていったよ」君はハンカチを私に渡してきた。「月が綺麗ですね」私は思わず言ってしまう。慌てて修正しようとしたが君はその意味を知らないようだ。
君は首をかしげる。「今は昼間だよ?」私はあることをおかしく思ったが訊く暇がなかった。

その夕方、私は一人で帰っていると君が駆けてきた。別におかしくは思わなかった。家が真横だからだ。だが、疑問に思ったのはその後に起こったことだ。君が私の横で止まった。
「ねえ」君は話しかけてくる。私は君を見たが何も言わなかった。「夏目漱石」その一言で私は目を大きく見開いた。やっぱりだったんだ。私は心の中で呟く。
君は言葉をつづけた。「夏目漱石が“I love you”を月が綺麗ですねと言った。夏目漱石のころ、明治時代では「好きです」や「大好きです」などを言わなかった。例を挙げれば「君を愛す」や「そなたを愛おしく思う」と訳していた。だから夏目漱石違う言い方として月が綺麗ですねという言葉を生み出した。告白の言葉」
君は私を見てきた。私は少しそっぽを向いてしまった。「そしてその言葉をあの時言った。初めは意味を知らないのかと思ったけど僕が君に昼だと伝えた時の反応からして意味を知っていたのだろう」
私は自分でも感じ取れないほど、頷いた。すると、君はにっこりと笑った。「でも言われたくなかったかな」やっぱりそうだった。予想していた恐怖が起こった。振られた。拒否された。心が痛む。こんな感情を私は持っていたんだ。
すると、君はまた口を開いた。私と違い、君ははきはきと話すことができる。「僕が言いたかったよ」私はハッと君を見る。「今更って感じだけど僕から言わせて」息を吸い込むと言葉を発した。

『私は』

月が綺麗だね。

『とろけた』