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2020年を振り返って「これからの旅」を考える

2020年も終わりを迎える。今年はかなりの時間を家で過ごしていたこともあり、季節感を感じられずにいつの間にかクリスマスになってしまった。

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そしてクリスマスは家でぬくぬく過ごすことが確定したため、2020年を少し振り返ってみたい。クリぼっちなのは某ウイルス関係なく毎年恒例では?というツッコミは聞かないことにする。

……と思ったのだが少し気になってしまったため、例年はクリスマスをどう過ごしていたのか先に見てみる。Googleマップのタイムラインによると、2019年はちょっとした企画のお仕事があり、打ち上げでわちゃわちゃしていたらしい。ほら、やっぱりクリぼっちじゃあないぞ!

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……と思ったら2018年は完全にひきこもり。2017年も普通に学校と家の往復マラソンをしただけだった。

さらに遡ると、なんと2016年には夜に渋谷へ行った記録が!

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(密です!密です!)

まさかのリア充?!かと思いきや、普通に東急沿線の乗り鉄をしただけだったというオチがある。

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ちなみに2015年以前はタイムラインの記録がない。自らの行動の記憶すら全てクラウドに頼っているため、クラウドに情報がない場合は何をしていたのか全くわからない。

……といった感じで、Googleマップのタイムラインと写真を参照しながら2020年を振り返っていきたいと思う。

冬(1月・2月)

いきなりで申し訳ないのだが、冬は特別なことは全くやっていない。というのも大学の授業やら有象無象の仕事が異次元的に忙しく、ちょっとした息抜きすらできないという恐ろしい事態に見舞われていたのだ。

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タイムラインを見ても家と学校を往復する線が2ヶ月間ずっと続いているだけという、とてもつまらない統計データが取れた。

写真もほとんどなく、唯一出てきたのがこちらの猫写真。

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これだけ見ると平和な写真だが、なんと日付は1月2日。しかも大学で撮ったものだ。年末年始休業とかいう概念は存在しないらしい。

ちなみに2月下旬あたりでは、WeChatで連絡をとっている中国の友人からも心配されるようになったが、この時はまだ「花粉症の方がやばいわ!」と余裕をぶっこいていた。

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3月

そんなわけで3月へ。大学が春休みに入ったと同時に諸々の仕事も片付き、「とにかく旅行しなければ!」という思いでスケジュールをギュウギュウ詰め込んだのが3月。たぶん月の半分くらいは自宅以外のお布団で寝てた。

フィラデルフィア-48

まずサークルで房総半島へサイクリングに行った。千葉という、普段なら日帰りで忙しく観光するスポットをゆっくり見て回れたのは良かった。サイクリングでなくとも、普通にまた観光に行きたい。

18切符を利用した乗り鉄も3月中に実行。ただし残念なことにこの切符は使い切れなかった。

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個人的に一番楽しみにしていたのが、タイのプーケットという島へ現地調査という名目で遊びに行くことだった。当然ながら海外旅行はおじゃんになり、代わりに四国へ行くことに

四国旅行 清瀬チューター-314

まあ、南の島という点では四国もプーケットも変わらないだろう。

四国旅行 清瀬チューター-65

(車での移動がメインだったが全力で鉄分も補給した)

そんなこんなでギリギリ滑り込む形で旅行に行きまくっていたが、3月の終わり頃には日本の某ウイルス事情も急激に悪化。旅行どころではなくなってしまった。

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正直なところこの頃までは、2019年の12月に中国で武漢の友人(上のWeChatで心配してる人)と濃厚接触したこともあり「すでに罹患して免疫獲得しているのでは?」という謎の自信があった。
しかしながら、再度罹患し無症状でばら撒いていた可能性は否定できず、反省も込めて今後は引きこもることを脳内首脳会談で閣議決定した。

春(4月~6月)

そんなわけで巣ごもり開始。大学の授業がオンラインになったということもあり、必要かつ緊急の用事以外では一切外出しなくなった

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そもそも授業を取りすぎて忙殺されていたため、外に出る暇がなかった。あとやたら梅雨が長かったのも大きい。雨の東京を写真に収めたい欲はあったのだが、時間をつくって外に出るまでの気力に到達しなかった。

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夏(7月・8月)

新規感染者数が安定して2ケタになり、「ようやく収束か~」と思った矢先にモリモリ増え始めたのがこの時期。
私の周りでも「旅行に行きたいよおぴえん」といったぼやきが聞こえたが、東京の20代は病原菌という意識で外出は控えた。

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とはいえ、筋肉が失われつつあったため少し運動のために外へ出るといったことはあった。

マスクを着用してのサイクリングはそこそこ苦しいが、病原菌の分際で贅沢は言えないだろう。修行だと思って積極的に苦しんだ。

また、本来なら8月はインスタキラキラ系女子が来日するということで東京の案内をするはずだったが、当然ながら完全に消滅。

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(そういえば2月はまだオリンピック開催する予定だったのか)

秋(9月・10月)

自粛に対する意識が変わってきたのはこのあたりだろう。Go Toの解禁もあり、「感染症対策を十分に施しながら安全に旅行しよう」という意識の人が増えてきたように感じる。大学も一部対面の授業が再開され、「新しい日常」が根付いてきた感があった。

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私も友人に誘われ、休講日を利用して名古屋へ日帰り旅行に行った。

この時は東京もGo Toの対象になっていたが、さすがに泊まりはリスキーだということで日帰りになった。

11月・12月

その意識も11月に入ると変わってくる。世間的にも「気をつけて泊まり旅行に行く」というケースは増えてきたのではないか。

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そして旅行のスタイルとしても大人数でわいわい行くのではなく、少人数か1人で空いている時期や時間帯を狙って観光するというのが増えたように感じる。

全体を通して

そんなこんなで、旅行趣味の私にとってはなかなか辛い1年となった。正直なところ、今までの人生でここまで「なかったことにしたい1年」はないのだが、少ないながらもどうにか旅行はできた上、新しい旅行のスタイルが確立しつつあるのは嬉しい限りだ。

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振り返ってみて気づいたのだが、2020年の旅行はほとんどが誰かと一緒に行く複数人旅行だった。……といっても私は班行動でいつの間にかいなくなるタイプの人間なため、現地では一人で行動することが多かったが。

今まで海外一人旅ばかりしていた身としては、国内に目を向けて親しい友人とどこかへ行くのは貴重な体験だった。というか今まで国内旅行に関心がなさすぎて笑う。

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(https://uub.jp/kkn/kkn_new.cgi よりキャプチャ)

2019年までの経県値は70点だったのだが、2020年の終わりには……

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なんと100点まで上昇した。我ながらびっくりである。

そもそも旅行趣味と言っておきながら未だに北海道、沖縄、九州に上陸したことがないというのはなかなかクレイジーかもしれない。

行くはずだった旅行

実は沖縄と九州については、文化人類学の離島現地調査に無断参加する形で2020年の夏に上陸する予定があった。当然ながらこいつらは完全消滅。

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そして無駄に貯まったマイルを利用して東南アジアを周遊するという、少しアクロバティックな旅行も計画していたのだがこちらも消え去った。

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なかった過去を振り返っても仕方がないのだが、「今日は与那国島にいるはずだったのに……」とか「今頃バンコクの地を踏んでいるはずなのに……」と考えながら日々を過ごすのは謎に悲劇のヒロイン感があって楽しかった

これからの旅行

次にこれからの旅行について考えたい。感染者が増え続ける中で、2020年以前の旅行スタイルが復活するというのはあり得ないだろう。

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今後はより少人数、分散型の旅行スタイルが主流になっていくはずだ。Go Toが中止になったとはいえ旅行自体の潜在的な需要が消滅したわけではないため、観光地も新しいスタイルの旅行に合わせたビジネスを始めていくのではないか。

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(ただし場所によってはオフシーズンだと死にかけるため注意)

話は少し変わるが、以前社会学を専攻している友人に「オーセンティシティ(authenticity)」という言葉を教えてもらった。オーセンティシティとは「観光地が期待されたものを用意すること」を意味するらしい。単語としてもauthenticityは信憑性とか確実性を意味する。

しかしながら私は大学で社会学やら観光学について学んでいるわけではないため、「むしろ観光客が期待してるのはunauthenticityではないか」と無教養な反論をしてしまった。

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友人に紹介してもらった論文を少し読んだところ、本来観光客は本物(authenticity)を求めているが(本当に?)、観光地の本物の生活と求めているものの間にギャップがあるため、提供されるのは「用意された本物」であるとのことだった。

マキャーネルは、観光とはオーセンティシティを求める行為であると規定したが、その真意は、観光客が自分たちとは異なる「何か」を経験し、それによって自己および人類普遍の「本来性」を発見・回復することにある。

(参考文献より引用)

正直なところ、この論には懐疑的だった。そもそも元々はDaniel J. Boorstinの擬似イベント論(pseudo-events)に対する、Dean MacCannellの反論から始まった話らしいが、詳しく理解するにはこのあたりの論文も読み漁らないといけないかもしれない。

論文1つ読んだだけで、読むべき論文リストが芋づる式に増加していくのは本当にやめてほしい!でも観光学は面白そうだなあ……。時間があればもうちょい深く掘り進めたいところだ。

「日常からの解放」から「日常の回復」へ

脱線しつつあるため話を戻す。個人的には、これまでの旅行は旅行者によって歪に解釈されたオーセンティシティを求める行為で、コモディティ化された観光で提供されるのは擬似イベントであり、オーバーツーリズムなどの問題も引き起こしていたと思う。

四国旅行 清瀬チューター-782

では、これからの旅行はどうなるだろう。特定の時期に、特定の場所へ、大勢がどっと集まる旅行は終わりを迎えるのではないか。
「新しい旅行」が完全に浸透すれば、旅行者が求めるオーセンティシティはより本当の本物に近づくかもしれないし、観光地は「用意された本物」を提供する必要もなくなるかもしれない。

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今になって、前述の引用文中にある”人類普遍の「本来性」を発見・回復”というフレーズがとても的を射てるなあと感じてきた。これまでの旅行はまさに「日常からの解放」を目的とした、非日常の体験イベントと化すことが多かったと思う。

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これからの旅行は、言うなれば「日常の回復」になるだろう。自分とは違った別の日常、もしくは日常の延長線上に楽しさを見出していく旅行が主流になっていくのではないか。

おわりに

そんなこんなで2020年を振り返って、これからの旅行について考えてみた。学問的知見はともかく、1人の旅行者として言えることは、海外に行かずとも、特別なイベントに参加せずとも、少し視点を変えるだけでもいつもと違った世界が広がっているということだ。

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2021年は一人でも多くの人が「新しい旅行」による「日常の回復」を楽しめる年になることを祈っている。

……といったところで今回はここまで。

参考文献

王屹. (2015). 中国人観光客における日本観光の< オーセンティシティ>: 観光政策と観光産業の狭間で体験する日本. Core Ethics: コア・エシックス= Core Ethics: コア・エシックス, (11), 195-207. https://ci.nii.ac.jp/naid/120005601279/

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