【学級通信】(高校3年:第119号)先生も振り返ってみる
2019-07-19
「振り返りは大切だ」と生徒に言いながら教員は振り返らないというのは申し訳ないので、一学期を振り返ってみる。
三年生の担任になった。新クラスになって、去年までの男子校のようなクラスではなく、男女均等に落ち着きを感じる(男子多目は、それはそれで楽しかった)。担任として最後の学年だし、年数通りいけばこの学校で勤務するのも最後の年になる。担任としての目標は「全員の第一志望の実現」しかないと一年の担任になったときから決めていた。10年前は「進路なんてものは、自分で動いて自分で決めればいい。だから先生は何もしなくていい。」と教わっていたから、(そんなもんなのかな)と思っていたが、最近は、進路についてよくわからない不安な高校生にとってすれば、自分で動いて自分で決めるためのサポートは必要だろうと考えが変わった。具体的に生徒の進路実現のために何ができるか?というと、面談を中心にやり取りをして、勉強のやる気スイッチを押すしかないと思っている。しかし、面談をする時間など正直どこにもないので個人ノートを始めた。これがなかなかいい。面談しているのと同じか、それ以上にやり取りができている気がする。出さない人はなかなか出さないが、今までみたいに習慣がないものを始めるのは大変だから仕方ない。けれど、習慣は人生を変えるものだし、どうにか続けて欲しい。勉強や進路のチャンスはどこに転がっているかはわからないのだから。
担任として頑張れたことは、学級通信、個人ノート、掃除の3つかと思う。学年通信の執筆もしなければならないので書く仕事が倍になったけれど、何とか踏ん張って続けられていることは良かった。掃除は毎日やりたいと心に決めていたので、曜日固定制で実施した。サボっている子もいるものの、教室のキレイさ保たれていると思う。掃除をやれていないときは16:45~私がしている。定時制と共通の教室なので、出来る限り気を使いたいと思っている。定時制の子が自分の机の中に何か入っていたり、床が汚れていたり、ゴミが落ちていたら悲しむだろうと思うと、掃除は絶対にテキトーにはなれない。定時制に勤めたことはないけれど、同じ学校の仲間だと私は思っている。
仕事としてはなかなか忙しかった。朝の7:50~仕事を始め、授業やら担任としての仕事をしていると時間はあっという間に増えた。19時まで自習室を解放しているので、そこで頑張っている子たちを帰すとこまでを日課にしていたら、残業時間が規定をオーバーしてしまい指導されることになった…。残業代はつかないが、働き方改革の流れで怒られるようにはなったようだ。
一学期で一番大きな出来事は、旧校舎でのイベントを立ち上げたこと。何も言わなければそのまま何もせずに通りすぎたことだったが、自分の直感がそれを許さなかった。最後に何かやらなければという勝手な使命感にかられ、気がつけば管理職に許可をもらっていた。かかるお金を計算し、どうやって集めようかを考え、実行委員会を立ち上げ、イベント内容を検討する…本当は半年前から作るようなことを数日でやるのは、なかなか骨が折れた。何かを始めると賛否両論が必ずあるが、誰もやったことのない初めてのことだから仕方がない。人間はイメージがわかないと不安になる。やってみるまで不安は解消されない。
部活もなかなか充実していた。なぜだか三年生が新たに6人くらい入部した。一年生も10人入った。文化祭ではボカロライブをやることに決まった。最初の計画では、持ってきた音源とMMDモデルに踊らす予定だったが、進めるうちに生演奏になった。生演奏になったのでボーカルのみ音源を作らなければならなくなったが、二年前に購入したボーカロイドソフトが役に立った。試しに一年生部員に使わせたところ、見事にボーカルのみ音源を作った。現在は、映像(MMD)班、照明班、演奏班、音源班に別れて作業している。一年生の女の子が仕切っているが、なかなか動きがいい。3年生の先輩にもズバズバ言っているのを見るとこちらがハラハラする。やったことがないことを実現するには、勢いのあるキャラクターが必要なのだと思う。まだ私が関わらなければできないこともあるだろうが、コンピューター部の多才さが一つのイベントとなって成功することを祈るばかり。当日100人がペンライトを振りまくる光景を期待したい。
ここまでツラツラ書いてみて、(あれ?何だかんだで私、充実してる?)って思えてきた。忙しいし、辛いし、うまくいかないし、蛍光灯割られたり、ハンドソープを口に入れて廊下に巻き散らかせたりして頭にくることもあるが、クラスにも仕事にも恵まれたと思える1学期だったと思う。
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