見出し画像

SOAPとソーシャルワーク2~問題志向について~

はじめに

前回は、POS学会のホームページと資料から、POSの全体像を整理しました。POS(Problem-oriented System)は、「患者のもっている医療上の問題に焦点を合わせ、その問題を持つ患者の最高のケア(best patient care)を目指して努力する一連のシステムである」という目的を持ったシステムであり、POMR(Problem Oriented Medical Record)の作成、監査、修正の3つのステップからなる事を見てきました。

今回は、POSとソーシャルワーク、SOAPとソーシャルワークについて、書いていきたいと思います。

「問題」とは

前回の資料で「問題」は、「患者の生活上の心身の機能能力を下げるような異常」であると定義していました。問題は、何らかの障害や困難、解決すべき状況です。問題は、しばしば「異常=何かが間違っている状態」という否定的な意味合いを持ち、それに対して解決策を見つける必要がある状況を指します。

「志向」とは?

「志向」は「指向」よりも耳慣れない印象なので、まずこの言葉の意味を確認します。Oxford Languagesによると、「志向」とは、「心がその物事を目指し、それに向かうこと」とあります。一方「指向」は、「する事が初めからその方向を指して向かうこと」となっています。「指向」が「ある方向を指して向かっている状態一般」を表すのに対して、「志向」は「個人が意識的に心を向けること」を意味しています。

「問題志向」は、「問題指向」よりも「個人が問題に意識を向ける事を指している」と言えます。

ソーシャルワークは問題志向か

シャルワークの歴史を学ばれた方なら分かると思いますが、最初に結論を言うと、現在のソーシャルワークは、問題志向ではありません。ソーシャルワークの理論形成は米国において積極的に行われた経緯があるので、その流れを見ると、「精神医学の氾濫」という精神の無意識を病因(=問題)とする時期が一時ありました。しかし、それを除くと、ソーシャルワークはその発展過程において、総じて「人と環境(状況)」、そして「その相互作用」をターゲットとしてきたと言えます。

ソーシャルワークが重視するのは、「何が問題か」よりも「どうありたいか(ニーズ)」であり、「人と環境の双方で何が活用できるか(リソース)」です。問題志向は、ソーシャルワーク実践において必要なことから目を離れさせる事態を生み出しかねませんから、ソーシャルワークは基本的に問題志向の姿勢は採らないのです。

「POS」とソーシャルワーク

「POSに対する検証を十分に行わないでSOAPだけ取り込むのは、学問として節操がない」という意見があるかもしれません。しかし、ソーシャルワークにおいてPOSの議論が少ないのは、ソーシャルワークがその歴史においてすでに、曖昧になりがちな「実践のターゲットが何か」について考察を重ね、POSがそもそもソーシャルワークと符合しないと認識しているからではないか推測します。

「SOAP」とソーシャルワーク

「SOAP」記録は、ソーシャルワークに適用できるか。こちらも先に結論を述べると、「適用には不十分である」と私は考えます。

ソーシャルワーク記録の必要条件

ソーシャルワーク記録の必要条件を、以下の質問を通して考えてみます。「ソーシャルワーカーの実践を記したものが、『これは確かにソーシャルワークの記録だ』と判断され得るに必要な要素は何か?」

「ソーシャルワークとはこれだ」が「ソーシャルワークの定義」です。この中の実践に関する記述を見ます。

ソーシャルワークの正統性と任務は、人々がその環境と相互作用する接点への介入にある。

ソーシャルワークのグローバル定義 注釈「実践」より

ソーシャルワーク実践は、「人々がその環境と相互作用する接点への介入」ですから、これが記述されているのが、ソーシャルワーク記録です。「人と環境、その相互作用の記述」は、以下の項目に分解することができます。

<1.相互作用の主体と客体>
・「人」の状況(Client situation)の記述
・「環境」の状況(environmental situation)の記述

<2.相互作用する前提>
・「人のニーズ」(needs)の記述
・「環境からの要求」(environmental demand)の記述

<3.相互作用に向けてのアセスメントとプラン>
・「人のニーズ」と「環境からの要求」の調整を図る上で活用できる資源(resources)の記述(assessment)
・実践計画(plan)

<4.相互作用のプロセス>
・「人から環境、環境から人への働きかけや応答状況」(process record)の記述

「SOAP」では「相互作用のプロセス」を記述できない

「SOAP」は、「S(患者の主観的情報/Subjective data)」と「O(客観的情報/Objective data)」に分離されており、「S」と「O」を行ったり来たりする記述は想定されていません。医師の診療は、患者が来て症状を訴えることから始まり、それに検査などの判断指標を突き合わせて治療が選択される、というプロセスで進みます。「SOAP」は、その流れをトレースする構成となっています。

ソーシャルワークの経過記録は、「人から環境、環境から人への働きかけや応答状況」という「相互作用のプロセス」を記述したものです。ソーシャルワークは、介入とクライエントの反応の往復のなかで変化を起こしていくので、実践の正当性の評価には、介入とクライエントの反応の往復を記述できる様式が必要と考えます。

POSから学ぶこと

POS・SOAPのいずれもソーシャルワークへの適用に疑問符を付けましたが、学ぶべき点も挙げます。

目標の明確化とそれに沿った体系化思想

POSは、「問題を持つ患者の最高のケア(best patient care)」という明確な目的と、それを実現するための方法論とを統合したシステムとして構想されました。

POSでいう問題は、本来、心理的・社会的側面を含めて言っており、その意味でPOSは、人をトータルに治療することを目指しています。Problem-orientedは、そのための方法論です。「POMRを作成することがPOSである」との誤解があるのは、人をトータルに治療するという全体思考こそPOSが重要としているにもかかわらず、人を全体的に捉える方法論に欠けており、問題を構造化して記述することに比重が置かれ、注目されたためではないでしょうか。

このことは、介入の目標は何か、専門職の実践のプロセスに沿った形式を備えているか、専門職の発展にどのように活かすのかを、記録方法は備える必要があることを教えていると考えます。

おわりに

SOAPはソーシャルワークプロセスに十分にマッチするものではない、との意見を述べましたが、この記録方式を採用しているソーシャルワーカーが一定数いるのは事実です。ですので、記録システムには、SOAPで経過記録を入力できるようなテンプレートを付ける予定です。他の記録方法も今後検討していきます。

みんなでソーシャルワークをより良いものに。

それではまた、お会いしましょう!


【参考資料】
1)日本POS医療学会「POS医療認定士」のためのワークショップ資料:日本POS医療学会,http://www.pos.gr.jp/pdf/2008/posiwai.pdf
2)植村研一:POSの概念 ・利点 ・欠点.医学教育 第17巻・第6号,1986.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?