ラグビーの時のあの歌、実は - Fields of Athenry
気まぐれ連載「#土曜夜にアイルランドを語る」。
8月号はアイルランド演劇を専門に上演する演劇企画CaLの主宰、吉平真優さんにご寄稿いただきました。
吉平さんとはnoteマガジン「お家でたのしむアイリッシュ」を始めて、アイルランドに関わる記事を探しているときにお名前を知りました。おたくが推しについて書いている推しの応援記事、みなさん読んでいますか?
今日はラグビーの時に歌われる「あの歌」について語ってくださいました。
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こんにちは。自称アイルランドおたくの吉平です。2017-2018の1年間ワーキングホリデーでダブリンに滞在していたのがきっかけで、アイルランドの人も文化も国も、全体的に好きになりました。いわゆる「箱推し」ってやつです。
おたくを名乗ってるのには理由があって、よく「好きなら住めばいいじゃん」とか、「恋人捕まえて結婚しちゃえばいいじゃん」とか言われるんですけど、そういうのじゃないんです。アイドルは好きだけどメンバーになりたいとか結婚したいわけじゃない、っていうのあるじゃないですか、それと同じなんですよ。たまに会いにいったり(=訪れたり)触れ合ったりして満たされています。そういう感じです。
さて、同類の匂いを嗅ぎつけた(笑)方々とのご縁で城さんにお声がけをいただいて、私も僭越ながら「お家でたのしむアイリッシュ」に寄稿させていただくことになりました。
わたしの活動の専門(?)は一応演劇でして、演劇企画CaLというアイルランド演劇を専門に上演していく企画を主宰しており、最近はアイルランドやイギリスの詩を日本語で朗読する企画をやっています。また自分のnoteでもアイルランドの劇作家たちについて個々に紹介していく連載をやっています。
演劇企画CaLについてはHPへどうぞ。詩の朗読も、8/8時点で三つ公開中です。HP内に特設ページがございます。
https://dramaprojectcal.web.fc2.com/
ここで何を書こうか城さんとご相談していた際に、「アイルランドの文化そのものに触れられる入り口となってほしい」という話になり、わたしがお熱な文学はそう言う意味ではコアなジャンルなもので、じゃあわたしの書ける範囲でお手軽そうなネタはなんだろうなと思いめぐらせ、「歌」と「詩」のことを書くことにしました。
以前にごっぴさんという方もこんな記事を書かれていました。
こちらはトラディショナルな視点からさまざまな歌のジャンルについて解説されておりますが、わたしはもっと漠然と「日常的に耳にする歌」とその歌詞について書こうと思います。なんたってアイルランドは文学の国で、とにかく「言葉の文化」という感じなので、歌ももちろん中身が深いのです。
アイルランドの「みんなの歌」
アイルランドでは「みんな知ってる歌」がたくさんあります。それは売れたポップスではなくて、100年以上前から歌い継がれているような、誰の歌でもない「アイルランドの歌」です。ま、作者や歌い手(The Dublinersとかね)が有名なのもあるけど、「誰々の歌」という認識はかなり薄くて、歌そのものとして存在してる印象です。いちおうIrish Folk Songというジャンルなのかな?ジャンルについてはよくわかってないので詳しい話はやめとこ。先に貼り付けたごっぴさんの記事で詳しく解説されてます。ちなみにこの歌たちは街のお土産屋さんとかを筆頭に、観光スポット系で腐るほど流れてるので、しばらく滞在すると嫌でも何曲かは覚えてしまいます(とある友人は聞きすぎて嫌いになったって言ってたな)。シンプルでキャッチーなのが多いしね。
日本でいうならなんだろう。童謡というにはオトナな歌が多いし(むしろオトナが好んで歌っている気がする)、民謡というには今でも老若男女だれでも歌えて古風なイメージはないし(テクニカルには一応アイルランド民謡と翻訳されてます)、歌謡曲というには作者不詳やレコードすらなかったずっと前の歌が多い気がします。日本語の「フォーク」というジャンルはアコギ弾き語りのイメージが強すぎて、そうじゃない感あるしな。
個人的に歌の構成的には童謡が一番近いと思ってます。短いメロディフレーズを繰り返して、一番から三番まで、ときに五番とかくらいまであるような。ちなみにわたしは初めて聞いた時、「(童謡の)赤とんぼみたいだな…」と思いました。そういう感じです。
いくつかどメジャーな歌をはっておこう。
わたしが「赤とんぼみたい」と思ったのはこの歌。Fáinne Geal An Lae(ファニェギャーランレー)もしくはDawning of the DayもしくはRaglan Roadといろんなタイトルがあり、歌詞もアイルランド語版と英語版があり、また英語版にもいろいろいあるみたいで、わたしもよくわかってません。(わたしの知ってる英語版の歌詞は)早朝の景色を歌ったとってもうつくしい歌なんだけど、よく聴くと別れの歌で、ちょっと胸にくるものがある。ビリー・ジョエルやエド・シーランなどもダブリンでのコンサート時に弾き語りで歌うなど国外の人にもとっても有名です。
こちらはもはや「第二の国歌」と言われるほど誰もが空でフルで歌える歌。Molly Malone(モリー・マローン)という、架空の魚屋の娘の人生を歌った歌で、ダブリンには彼女の銅像もあるほど。
ダブリンのモリー・マローン像。観光客の写真スポットです。
パブで歌われるのが似合うようなThe Wild Rover。サビの "No, nay, never, no nay never no more~" が印象的で合唱して楽しいやつ。直後のブレイクで「ドンドンドンドン」と踏み鳴らしたり手を叩いたりすることが多くて、これも楽しい。
まだまだたくさんあって紹介なんてしきれない。英語ですがwikiには膨大な歌リストがありました。こんなにあるんや…。
ちなみにこれはよく語っているのですが、日本の古き良きな歌のメロディとアイルランドの歌のメロディは似てるんですよ。どうやら日本独特のヨナ抜き音階とアイリッシュの音階が同じらしいです。だからメロディ構成は日本人の耳にもとてもよく馴染むし、「どこか懐かしい感じがする」と思う人が多いみたい。
こういう、売れたポップスじゃない「誰でも歌えるお国ならではの歌」がたくさんあって今でも現役でよく歌われている文化、けっこう珍しい気がします。ていうか地元の人たちはいったいどこでこういう歌を覚えるんだろう。やっぱり家で家族が歌うシーンが多いのかなあ。それとも音楽の授業的なので教わるのかなあ。わたしはおたくなのでYouTubeとSpotifyとCDショップにお世話になりました。
特別な時(冠婚葬祭とか)に歌われるものもあれば、ほんとうに日常的に、誰かが道端で歌っていたり、パブで何気なしに歌っていたり、友人たちの集まりで歌っていたりしています。わたしがアイルランド滞在時に出会った中でダントツ一位はこれです。
ちなみにこのシーン、とっても鮮明に覚えています。この歌はGraceというこれまたどメジャーな歌なのですが、これより前にもおじちゃんたちは他の曲を歌っていて、歌が終わって、「次なに歌う?」という話になり、だれかが「Grace」と叫び、ギターのおっちゃん(ベロンベロン)が「Graceかよ〜長いからやだよ」といい、だれかがそれを制するように先陣を切って歌い出し、それに呼応するように二、三人のおっちゃんたちが歌い出し、そこでギターのおっちゃんはしかたなく演奏を始めたのでした。
この歌は物語があって、「1916年イースター蜂起(対英反乱)で反逆者として刑務所に入り、刑務所の中で処刑前夜に結婚式を挙げた実在するカップルの話を元にした歌」で、サビでは「一秒でも長く一緒にいよう、明日には死ぬから。この指輪を君に授ける、さよならを言わなければならないから」と歌うとても悲しい歌なのです。聴き終わって、隣にいたたぶん観光客の女性が「なんて悲しい歌…」とつぶやいたところまで明確に覚えています。
ラグビーW杯でアイリッシュが歌い騒いでいたあの歌は実は
さて、本題に入ります。今回取り上げるのは、昨年のラグビーW杯でアイルランドの国歌(の代わり)として歌われた "Ireland's Call" 、ではなく、アイルランドのサポーターたちが歌い騒いでいた "Fields of Athenry"です。
"Ireland's Call" もストーリーの深い歌ですが、これはいろんな人が当時解説をしてくださっていたのでいいでしょう。それよりわたしも個人的に好きな歌で、より詩もうつくしい歌を。まずは当時かなり話題になったこちらをご覧ください。
対ニュージーランド戦で、ハカの裏で聞こえるこの観衆の大合唱、ここで歌われているのがアイルランドサポーターによる "Fields of Athenry" です。やば今みても鳥肌。
この歌はフォークソングながら「アイルランドの非公式スポーツ応援歌」となっていて、誰が決めたでもなく自然に国際試合で歌われるようになったそう。ラグビーだけじゃなくて、サッカーとかでも歌われる。
調べがつく中で一番古い、話題になった国際試合での大合唱はこれっぽい。
2012年、対スペインのサッカーの国際大会かな?で、アイルランドの敗退が確定した際に起きた大合唱。
これ以前にもこの歌はスポーツの試合で歌われていて、どうやら1980年代あたりにはすでに観客が合唱していたもよう。
この曲が「代表のスポーツ応援歌」なのはとっても不思議で、それはこの歌のスタジアムでよく通るメロディに乗っている詩は「母国と家族にさよなら」という物語だからです。Athenryというのはアイルランド島の西側、ゴールウェイの辺りにある町の名前です。というわけで詩のほうを見てみましょう。
Fields of Athenry
By a lonely prison wall, I heard a young girl calling
"Michael, they have taken you away,
For you stole Trevelyan's corn,
So the young might see the morn.
Now a prison ship lies waiting in the bay."
Low lie the fields of Athenry
Where once we watched the small free birds fly
Our love was on the wing
We had dreams and songs to sing
It's so lonely round the fields of Athenry.
By a lonely prison wall, I heard a young man calling
"Nothing matters, Mary, when you're free
Against the famine and the crown,
I rebelled they cut me down.
Now you must raise our child with dignity."
Low lie the fields of Athenry
Where once we watched the small free birds fly
Our love was on the wing
We had dreams and songs to sing
It's so lonely round the fields of Athenry.
By a lonely harbour wall, she watched the last star falling
As the prison ship sailed out against the sky
For she'll live and hope and pray,
For her love in Botney Bay
It's so lonely round the fields of Athenry.
Low lie the fields of Athenry
Where once we watched the small free birds fly
Our love was on the wing
We had dreams and songs to sing
It's so lonely round the fields of Athenry.
うわあ英語〜と思った方、大丈夫ですよ、ここから日本語訳。拙訳ですがこんな詩です。
寂しい牢屋の壁ぎわ、若い少女の叫ぶ声を聞いた
「マイケル、連れて行かれてしまうの、
トレベリアン*のとうもろこしを盗んだから、
うちの子が明日を見るために。
牢屋船はいま湾に漂い待っている。」
低く広がるアセンライの地
かつて自由に飛ぶ小鳥たちを見ていた
私たちの愛はあの翼に乗って
いくつもの夢と歌う歌があった
ああ寂しくひろがるアセンライの地
寂しい牢屋の壁ぎわ、若い男の叫ぶ声を聞いた
「何も心配することはない、メアリー 、君は自由だ、
この飢饉とあの王国*から、
僕は立ち上がり潰される。
君は胸を張って、僕たちの子供を育てなければ。」
低く広がるアセンライの地
かつて自由に飛ぶ小鳥たちを見ていた
私たちの愛はあの翼に乗って
いくつもの夢と歌う歌があった
ああ寂しくひろがるアセンライの地
寂しい港の壁ぎわ、彼女は最後の星が落ちるのを見ていた
牢屋船は空を背に進む
彼女はこれから生きて、願って、祈る
ボットニー湾に愛をのこし
ああ寂しくひろがるアセンライの地
低く広がるアセンライの地
かつて自由に飛ぶ小鳥たちを見ていた
私たちの愛はあの翼に乗って
いくつもの夢と歌う歌があった
ああ寂しくひろがるアセンライの地
*トレベリアン…ウェールズやイングランドのコーンウォール地方によくある名字、もともと「農場」という意味だそう。「田中」みたいな感じかな。
*あの王国…イングランドのことですね。
この歌は実はフォークソングとしては新しめで、1979年にピート・セント・ジョンという人が書いたそう。物語は19世紀半ばごろにおきたジャガイモ飢饉を背景に、これによって家族が生きるために食べ物を盗んでしまった男が、捕まってオーストラリアへ連れて行かれてしまうという話。
ここでジャガイモ飢饉のことを知らない方へ。
ジャガイモ飢饉とは、1840年代にイギリス・アイルランド周辺で起きたジャガイモの不作により発生した歴史的な大飢饉。イギリスやアイルランドはジャガイモが主食のためかなりの大ピンチだったのだが、当時アイルランドを支配していたイングランドは、自分たちのピンチに、同じくピンチなはずの隣の植民地アイルランドから食糧を調達するという卑劣極まりないやり方で乗り切ろうとした。ただでさえ足りない食糧をさらにイングランドに根こそぎ奪われたアイルランドでは大勢の人が亡くなり、また生きるためにアメリカやイギリスやその他世界のいろいろな場所へと大移動をし、アイルランド内の人口が最盛期の半分にまで減ったと言われている。
この詩の、歌のサビ部分、とっても印象的で、とってもうつくしいなとわたしは思うわけです。かつての幸せだった日常が描かれているわけですが、それは、空を飛ぶ鳥を眺めて、夢と歌があった日々なのです。飢饉のことを思うとよけいにギュってなる。そしてなにより情景が浮かぶ。わたしもアセンライもボットニー湾も行ったことないけれど、景色が見える。アイルランドにすら行ったことない人でも見える。
で、ラグビーの話に戻るわけですが、スタジアムで大合唱しているあれは、「いけいけゴーゴー」と言っているのではなくて、「ああかつて空を飛ぶ鳥を眺めて、夢と歌があったふるさと」と歌っているわけです。歌の中身だけでいえば「兎追いしかの山 小鮒釣りしかの川」とスポーツの国際試合で観客が歌っているみたいなもんです。不思議でしょうがない。でもなんか心を動かされて、ギュッとなって、身体の深いところから生きる力が湧いてくるような、そんな歌だと思います。そしてたくさんの人がきっとそう感じるから、この歌はいつの間にか定番の応援歌になったんでしょうね。アイルランドって得てして不思議な魔力を持った国なんですよねー。
こういう哀愁と、情景の浮かぶ表現とが、アイルランドが文学の国たる由縁だと思います。他のたくさんある歌も詩も、こういううつくしいものがたくさんあります。もちろん、ザ・童謡、みたいな歌とか、ザ・酔っ払いの飲んだくれ歌、とか、お国のために英国と闘うぞ、みたいな歌とか、そういうのもあるわけですが。そういうのもいろいろストーリーがあって深みもあって面白いのですが、また機会があったら語りますね。
ここでちょっと関心を持ったあなたが、YouTubeで「アイルランド 民謡」とかで検索していろいろ聞いてくれたらいいなー。
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Grazie per leggere. Ci vediamo. 読んでくれてありがとう。また会おう!