【小説ネタバレあり】FtMが女性扱いされることについて

小説『52ヘルツのクジラたち』

あらすじ
「52ヘルツのクジラとは―他の鯨が聞き取れない高い周波数で鳴く、世界で一頭だけのクジラ。たくさんの仲間がいるはずなのに何も届かない、何も届けられない。そのため、世界で一番孤独だと言われている。自分の人生を家族に搾取されてきた女性・貴瑚と、母に虐待され「ムシ」と呼ばれていた少年。孤独ゆえ愛を欲し、裏切られてきた彼らが出会い、新たな魂の物語が生まれる―。」

友人宅でこれを読みまして。
なぜ友人はネタバレしなかったのだろうと不思議に思った。

この本には、誰にも声が聞き届かれることのなかった一頭のクジラとして、アンさんという男性が出てくる。
最後にわかるのだが、主人公にとって命の恩人となったアンさんは、トランスジェンダー男性（FtM）である。「戸籍は女性」のままだった。

アンさんは主人公にきっと（確実に）恋をしていたけれど、自分から想いを伝えることはない。アンさんと主人公はとても仲がいいのだが、それは“男女の中を超えた”特別な感情としてだけ処理される。
アンさんはアンパンマンのような優しく包容力のある容姿で、身長は主人公とさほど変わらない（あとで読み返せばこれがFtMの外見を示す伏線だと納得できる）。

恋愛においては”待ってるだけの情けない男性”で、それなのに主人公に”男として魅力抜群の彼氏”ができると、非常に嫉妬する。.......ように描かれていた。

自分では主人公を幸せにできないと思っていたからだ。自分が欠陥品だから。完成品である男性と不自由なく暮らせる方が、主人公にとっての幸せだと考えたから。

やがてアンさんは自殺する。

自殺現場に救急隊が駆けつけたときも、アンさんの母親は「この子は女の子だから！女性の隊員が救ってください」といった注文をつける。棺桶に横たわる最後のアンさんに、女性の装いをさせる。アンさんは最後まで女性扱いされ、一度も“欠けていない男性”としての生を全うできなかった。

主人公含め親しい職場の人たちは、アンさんがトランスジェンダーだと気付かなかった。アンさんが誰かに、母親にずっと娘扱いされる苦痛を語ることもなかった。

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これが全ての引っ掛かりになったわけではもちろんないけれども、自分自身も心情に少しずつ変化があった。