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なぜ手術要件なしで戸籍変更希望のトランス男性がいるのか

表題についてですが、少しアプローチを変えてみます。

トランス男性を「トランスジェンダー」だとみなすより先に、「あなたのお隣にいる、その辺の男性の一人」だとみなしてください。

けれどもその男性は、引越しに悩んでいるそうです。あるいは、新しいジムに入会する際、新しいクレジットカードを作る際、新しい銀行口座を開設する際、どこか外国へ行こうとパスポートを準備する際、立ち止まってしまうことがあるようです。

とくに厳しいのが、「仕事」と「結婚」です。
男性ジェンダーを背負って生きる多くの男性が共感し得るかもしれません。もし「仕事」と「結婚」がうまくいかない理由が、あなたの能力不足というわけではなく、戸籍の情報があなたの生活実態とズレているせいだとしたら?自分自身を恨むのはやめにしても、では、どこにこのやるせなさをぶつけたらいいのでしょうか。


戸籍変更で手術がどうのという話を持ち出す前に、トランス男性がいかに男性社会に組み込まれているかを思い起こす方が、一当事者感覚としては先にきます。

国によって基準は異なるため、ここでは日本の戸籍に絞ってお話しします。まず前提として、トランスジェンダーの人々が出生時に割り当てられた「男性」または「女性」という戸籍の表記を、もう一方の性別に変更することは可能です(基礎の話)。
では、どのような手続きが必要とされているのでしょうか。

日本においてトランスジェンダーの人が戸籍上の性別を変更するには、以下のような規定があります。施行されたのは2004年からです。

家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものにつ いて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
一、 二十歳以上であること。
二、現に婚姻をしていないこと。
三、現に未成年の子がいないこと。
四、生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五、その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

あと医師2名による診断もですね。


この中の「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」は「手術要件」と呼ばれ、たびたび議論の的になっています。トランスジェンダーの人が本来あるべきだった戸籍性別を取り戻すためには、生殖機能を欠くことが必須とされているためです。(50歳ぐらいのFtMで、すでに閉経している場合には、「生殖腺の機能を永続的に欠く状態にある」ということなので子宮卵巣摘出しなくとも戸籍変更可能な事例があるそうです。これは驚き。)

手術を望んでいるトランスジェンダー当事者のなかには、この手術要件が妥当だと支持する者もいますが、たとえ手術するにしろしないにしろ、手術の有無によって戸籍の情報が左右されることはトランスジェンダーだけに課せられた大変不合理な条件です。あくまで手術は希望する本人の、希望するタイミングで行うのが筋でしょう。あるトランスパーソンにとって手術自体は強要ではなかったにしろ、その時期が強要されているのは事実です。

なかには本人の身体事情としては手術を希望していないにもかかわらず戸籍を変更したい(しなければならない社会的事情がある)がために手術を受ける者もおり、とりわけそのことが問題になっています。そういった場合、手術要件が国際的な流れに照らし合わせても人権侵害であると批判されています。

性別の取り扱い特例に関する法律によると、トランス男性が戸籍性別を男性に変更するには、一般的には子宮卵巣摘出手術を受ける必要があります。しかしトランス男性側の事情として、胸オペを望むトランス男性は多いですが、子宮卵巣摘出を必須だと考えるトランス男性は胸オペを望む数ほど表面に出てくることはないようです。性別移行を決心した初期は受ける気だったが、実際に生活していくうちに子宮卵巣摘出せずとも十分に男性生活が叶うため受ける必要がない、と判断を変える場合もあります。
もちろん体内に子宮と卵巣という臓器があることが耐えがたく一刻も早く手術を受けたいという者もいます。しかし全員がそういうわけではありません。

臓器そのものというより、胸と生理の方がよほど憎まれているのでそこが解決すれば負荷が減る・なくなるというトランス男性は珍しくありません。子宮卵巣摘出をしても外性器の形状は変わりませんし、男性ホルモン投与をしていれば嫌な現象の象徴としてあげられがちな生理はおおむねストップするからです。

つまりトランス男性にとって、手術要件の内容はよっぽど当人が摘出したいと望んでいるのでもない限り、別段必須の手術だとは考えられていないことがあります。わざわざ手術をしなくても、十分男性として生活していけています。そのため一部のトランス男性にとっては身体違和の改善というよりは、法律の条件をのむために手術を受けるという事態が起こり得ます。

そのため手術要件を撤廃して戸籍変更できるように求める声が上がっていますし、裁判も起こされています。

ここからはトランス男性がSRS(性別適合手術)と無関係に戸籍性別を変更したいと考える背景について検討していきます。

ここで注意なのですが、手術要件撤廃派の中には

「手術をせずに戸籍変更したい」

「手術とは無関係に戸籍変更したい」

の二つの捉え方があると思います。ちなみに私は後者が近いのです。


トランスジェンダーで戸籍性別を変更したいと告げると、まるで「その人だけが」「自分の認識だけに基づき」変更したがっているように曲解されることがあります。その側面は多少あるかもしれないにしろ、ほとんど現実的でありません。事態はまったく逆です。

生活が移行するに伴い、自身の意思は介在しなくなります。「周囲が」「自動的に」移行先の性役割を期待し、振り分けてくるのです。トランス男性の場合は、トランス男性自身が性別について主張しなくとも、周囲から男性だとみなされ、男性ジェンダー規範を求められるようになります。望むと望まざるとにかかわらず、男性のあるべき姿を期待されます。それほどその移行先の性別に適合しているにもかかわらず、戸籍性別だけが不適合となることで、生活の質を落とすことがあります。冒頭でお話ししたように、とりわけ「仕事」と「結婚」という、男性社会において未だ重要視されている二大要素において、戸籍性別が不適合であることは大きなデメリットです。それは男性社会を生き抜くためのスタートラインに立てていないことを意味します。

戸籍が女性であるために「(戸籍女性とは)結婚できない男性」です。いつ愛しのパートナーから「あなたとは結婚できないので、先が見えない」と去っていかれるのかわかりません。
仕事面では「仕事先で戸籍が実生活と異なることを咎められるかもしれない状態の男性」になってしまいます。仕事先にアウティングされないかの危惧を抱え続けることになりますし、転職を考えるたびに戸籍不合であることが頭をよぎります。

男性にとって仕事と結婚に対する足枷をはめられ続けるのは、なかなかに地獄ではないのでしょうか。戸籍変更していないトランス男性はまさにそのような状況をサバイブすることになります。つまり、男性ヒエラルキー内の底辺、あるいは外部に、戸籍のせいで追いやられる瞬間が生じてしまいます。そのことが問題です。


SRSとは無関係に戸籍変更したいとトランス男性が望むとき、それは当人の身勝手ではありません。むしろ社会的期待に応えて、思う存分男性として生きていくための手段としての戸籍変更である場合があるのです。もちろんこのことは、医療行為としては正規の動機として想定されていなかったことでしょう。この臓器があると生きていけないから摘出する、といったせっぱつまった性同一性障害患者の像からは外れています。

しかしながら(小声)、男性ジェンダーに“より適合”する方へアクセルを踏む行為である点では「女性から男性へのトランスジェンダー」としてあるべき型に収まっているため、誰からも反対されることはなかったのかもしれません。男性ジェンダーへの積極的適合とでもみなされる、この戸籍性別変更を目的としたSRSは、すでに社会的に男性であることに対して戸籍を擦り合わせる作業になっています。戸籍の方が遅れていることが問題なのです。

戸籍だけ先に変更したがっているかのような扇動は実生活を鑑みればおかしな話だと気づくでしょう。男性として生活し、男性ジェンダーの外圧を受けているからこそ生じている側面は、トランス男性を男性の範疇で解釈しなければ見えてこなかったことでしょう。従来の説明のように「女性だった」「トランスジェンダーである」といった側面ばかりでトランス男性を見ることにはもはや限界があります。


おまけ

それでは戸籍男性が出産する事態が発生するぞ!という方、
それで何が悪い?と私は素朴な疑問を抱いています。


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