性別を変えるときに捨てた10のこと

Facebookで一人しんで、また一人誕生した。
誕生したニンゲンは、「男性」である。「女性」でも「カスタム」でもない。
ともだちはゼロ人。顔写真は載せない。
きっと創業者の意図には合わないけれど、それでいい。

繋がりを断たなきゃならなかったのか?
自分の答えはYESだし、気づけばそうなっていた。

今から性別を変える、という話をしたいけれど、公的に必要な手術はしていないので戸籍変更の話ではない。社会とか、自分の意識のなかで、「性別を変える」について書き残していく。その過程で、いろいろなものを捨てていった。



食事を絞った
性同一性障害の診断を得て、治療をしよう。それを決めたのはドイツ留学中だった。もとの男性ホルモンは微量なので外見の変化は乏しい。でも内側の意識から変えていくことにした。食べ物を見ると、これは男性ホルモンが多い、これは女性ホルモンを誘発する、とかぱっと見で脳内スキャンがおこなわれるようになった。好みが強制的に変わっていった。夜は食べずに、プロテインだけ飲んだ。

②脂肪をおとした
女性体型に腹がたった。男性的な筋肉がほしかった。毎日のようにジムに通った。最初は自分の惨めさと周囲の男性への嫉妬で、走りながら、ダンベルをあげながら、汗のような涙を流していた。誰も自分のことなんか気にしない。それがよかった。
シャワー室で豊満な欧米人女性に囲まれながら、自分がもう一つの部屋に堂々といられる日を焦がれた。

下着を捨てた
ブラジャーはいらない。でも初めてノーブラで外に出た日は、胸は痛いし、視線は気になるし、自分ではないみたいだった。とくに階段は要注意だ。胸の目立たないメンズ服を研究するようになった。
メンズのパンツを買うとき、彼氏へのプレゼント用かと問われることもあった。ちがう、自分のためのCalvin Kleinだ。

バイトを諦めた
飛行機が墜落してくれたら、と願っていたのに、日本に戻ってしまった。ジェンダー規範に苦しめられる本番は、ここからだ。
帰国後唯一の目標でもあったジェンダークリニックに通い出した。金がない。

一つのところにとどまる気はさらさらなかったため、いくつかの派遣バイトをかけもちしてどうにか生活した。
高時給でとてもいいバイトがある、と後輩が紹介してくれたので、面接へ向かった。着なければならないレディース服をひと目見ると吐き気がして、自分は働くことも服を着ることもできない、と独りごちた。


恋に破れた
待ちに待ったホルモン注射を開始した。自分はホルモンバランスの乱れが酷いらしく、他の当事者の体験談では語り足りないくらいしんどかった。
鬱気味にもなり、大切な人を傷つけた。やがてその人は去っていった。男性名で呼んでほしい、とそのとき唯一思った相手だった。

空間を変えた
男子トイレに入るようになった。初対面の人から急に男性扱いされるようになったのは、ある朝突然声変わりしたからだ。見た目の問題ではなかったので、世間の男女の区分はなんてバカバカしいんだと気づいた。派遣バイトの登録上では「女性」のままだったが、男性として会話が進んでいくようになった。
一度おそらくだがトランスジェンダーだと見破られてニヤニヤ質問攻めになった日があり、気分は最悪だった。ピチピチの女性サイズの服を着なきゃならなかったので、胸が隠しきれてなかった。自分が選んだ服以外は着たくない。自分はピエロじゃない。


就活をやめた
ホルモンに蝕まれている間が、就活シーズン真っ最中だった。自分は力尽きた。仕事どころではなく、今とせめて明日を生き抜くことだけで必死だった。もう無理だ。

⑧体を実験した
大切だった相手に「FtMは気持ち悪い」と言われた。その言葉はずっと消えない。生理的に無理だと拒絶した相手に、ふざけるなと憤っても意味がない。いいよな、セックスしたきゃできて。あなたの男女二元論も、世間の男女二元論も大嫌いだ。自分は求められるところへいく。

そして、自分自身は誰も傷つけなくて済むように、あらゆる人を受け入れてやりたい。夏休みは15人以上とセックスする、と目標を決めた。自己中心的なハズレの人に当たることももちろんあったが、だんだんより良い相手とコミュニケーションの仕方がわかってきた気がする。最後、好きな人に触れてもらった体をもう実験台にはしないことに決めた。余ったコンドームを、友人は笑いながら受け取ってくれた。とてもやさしい。

女性から離れた
あろうことか引っ越しと就職が決まった。東京は離れる。そして新しい土地では、女性でもFtMでもなく、ただ単に男性として生活することになった。
長らく世話になった女性更衣室から、自分は追い出される立場になった。驚きと感動と、名残惜しさと。道は前にしかなくなったのだ。


名前を獲得した
卒業証書を通称名でもらった。仕事での名前はすべて通称名を使っている。たったそれだけではあるのだけど、わずか3ヶ月、実際の使用歴は3週間ほどで、改名が認められた。思いのほか早すぎる。仕事では女性名が出てきたら不便で仕方ないし、心臓に悪かった。開放感が心地いい。実生活ではまだ誰も呼ばない。

親友から電話がきたので改名報告だけしたら、「前の名前で呼んじゃうなあ。なんて名前になったの?」と聞かれた。以前一度だけ名前を告げたことがあったけれど、もうすっかり忘れたらしい。それならそれでいいや、死ぬまで知らなくても。それでも二人の関係性は継続していくだろう。

以上、とりあえずの10のこと。
捨てて、軽くなって、空っぽになった。
マイナスがあるよりは、ゼロの方がいい。
これからプラスにすればいい。

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