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温故知新


前提条件

複数人、複数の組織、さらには複数の国々の間で分業して何かをなすというのは非常に高度な構造のなせる業である。あまり対象を大きくしすぎてもよくわからなくなるので、一人の人間の衣・食・住について考えてみる。どのような「文明」のレベルかにもよるが(というよりそれが分業の成果であるが)ひとりで、あるいは最小の構成単位で、衣食住さえその全てを賄うのは大変なことである。ホッブズ・ロック・ルソーについては勉強不足で何も言えないが、「社会」を成り立たせるのが分業であるとすれば、分業を可能にするものが前提条件である。

富める者の(贅沢な)選択

太陽光発電が文句を言われなくなるのは、太陽光発電パネルの「ゆりかごから墓場まで」を太陽光発電で実質的に賄えるようになったときであろう。電気を正味で生産してこそ持続可能にもなるというもの。
自分のした「正しい」選択が、「立派な」選択が、分業によって見えないだけで誰かが割を食うことになっていたり、それに類する状況を引き起こしている場合があるかもしれない。

変わらないもの

「無知」なるソクラテスが知恵を求めて訪ねて回った「知恵者」たち。『星の王子さま』の王子さまが訪れた星々にいた「大人」たち。(行き過ぎた)分業への警鐘を鳴らすものか。ここはもう少し素朴に、「何のために」をたずねているものとみておく。

#未来のためにできること

私は真のエリートに会ったことがある。おこないの人であって、職責のほかに、自らの考えに基づいて社会から引き受けているものがあった。これまでもこれからも、こういう人たちによってなんとか社会は支えられていくのだろう。私の思う「未来のためにできること」は、それぞれの立場から真のエリートに続けということである。

文責筆者


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