JOG(1285) 黒化勢力に勝つ方法~ 北野幸伯『黒化する世界 -民主主義は生き残れるか-』を読む
黒化勢力すなわち独裁国には、独裁主義からくる3つの弱点がある。それは自由民主主義の強い点でもある。
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■1.北野氏の国際情勢判断と健全な国家観から学ぶ
ウクライナ侵攻が始まって、もう7ヶ月。欧米の膨大な軍事支援を受けて、ウクライナが善戦を続け、侵攻したロシア軍を押し戻し始めています。
それにしても、今回は多くの国際政治評論家がロシアの侵攻はありえない、と予測していました。予測が外れるということは、国際政治の動きを理解していない、ということで、それでは国際政治を論ずる資格はないのでは、と思います。
その中で、「ロシアの侵攻はありうる」と正しく予測していた数少ない論者の一人が北野幸伯氏です。その北野幸伯氏の待望の新著が出ました。題して『黒化する世界 -民主主義は生き残れるか-』。
弊誌は、今までの北野氏の著書をすべて紹介しています。それは次の二つの理由からです。
1)欧米の「常識」に囚われない国際情勢判断: 多くの国際政治評論家は欧米の常識から考えて、「ロシアはそんな馬鹿なことはしないだろう」と予測していました。しかし、ロシアに長く住んで、欧米とは異質な「常識」があることを知っている北野氏は、ロシアや中国の常識からも国際政治を見ることができます。[JOG(1196)]
2) 長いロシア滞在で培われた健全な国家観: 国際政治とはチェスの試合を横から見て、打つ手を論評したり、予測したりするだけではありません。その中で、我が日本がどのような国を目指すのか、を見定めた上で、それを実現するための手筋を考えなければなりません。
北野氏は長年のロシア滞在で、日本の国柄を外からの目でよく理解し、またソ連崩壊後の大動乱を通じて、国家と国民のあるべき姿を念頭に置いた議論をされています。[JOG(1148)]
このような国際情勢の見方と、その根底にある健全な国家観を学んで欲しい、という思いで、今まで氏の全著作をご紹介してきました。今回も同じ思いで、氏の新著『黒化する世界 ―民主主義は生き残れるのか?―』を紹介させていただきます。
■2.独裁国の脆(もろ)さ
今回の「黒化」とは、独裁主義のことです。中国、ロシア、北朝鮮、等々、我が国は独裁主義国家群に囲まれています。そして独裁国家群が、数の上でも勢力範囲でも優勢になりつつあるように見えます。そういう国際状況をしっかり分析して、それにどう対応するか、が今回のテーマになっています。
おりしもウクライナに攻め込んだロシア軍の敗退が始まりました。アメリカが供与しているハイマースなどの精密兵器で、ロシア軍は補給路を寸断され、前線の一部では撤退、また降伏の声すら出てくるようになりました。
ロシアがなぜこれほどの大失敗をしたのかについては、今回の北野氏の著書に詳しく述べられていますが、その中で特にプーチン政権の内幕を描いた辺りからは、独裁主義の弱さとは、こういう所から来るのか、とよく分かりました。
この本のサブタイトルは「民主主義は生き残れるのか?」ですが、独裁国家の弱みを知り、自由民主国家が自らの強みを発揮できるよう長期的な努力を積み重ねていくことが、今の自由民主主義陣営に求められている姿勢だと思います。
今回は独裁国家の弱さがどういうところにあるのか、というテーマに絞って、北野氏の詳しい内幕レポートのごく一端をご紹介します。
■3.脆さ(1):正確な情報が入らない
独裁国家の脆さの第一は、トップに正確な情報が入らないことです。そこから誤った情勢判断をする場合があります。北野氏は、次のような報道を紹介しています。
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独立系メディアは「第5局は侵攻に先立ち、プーチン氏にウクライナの政治状況を報告する任務にあった。第5局はリーダー(プーチン氏)を怒らせることを恐れ、聞き心地のいいことだけを報告したもようだ」と分析している。[北野、p218]
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第5局とは、ロシア連邦保安庁(FSB)の内部組織で、ウクライナなど旧ソ連の構成国をロシアの勢力圏にとどめる役割を担う部署です。その局長がセルゲイ・ベセダ氏です。
彼は「全ウクライナが、解放者としてのプーチンを待ち望んでいる」などと報告し、それを基にプーチンは「ロシア軍が侵攻すれば、元お笑い芸人のウクライナ大統領ゼレンスキーは逃亡し、政権は崩壊するだろう」「ウクライナとの戦争はきわめて短期間で終わる」「ロシアはウクライナに傀儡(かいらい)政権を樹立することができる」などと予測を立てました。
こんな予測が立てられたからこそ、今回プーチンが思い切った侵攻に出たのだと得心できました。ところが、事態はまるで異なる展開になってしまい、ペセダ局長はプーチンの怒りを買って、自宅に軟禁された模様です。
■4.脆さ(2): 衆智が集まらない
プーチンを取り囲むスタッフは、相当に優秀な人材が揃っているでしょうが、彼らの智慧やアイデアを独裁者はうまく使えません。この点に関して、北野氏は興味深いシーンを臨場感をもって紹介しています。
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2022年2月21日、プーチンは、ルガンスク人民共和国、ドネツク人民共和国の独立を承認しました。それに先立ち、プーチンは、安全保障会議のメンバーを招集し、「ルガンスク、ドネツクの独立を支持するかしないか、自由に意見を言え」と命令します。
メンバー一人一人が前に出て、自分の意見をいうのです。安全保障会議のメンバーは、ロシアのエリート中のエリートです。彼らの意見は、「何を言えばプーチンに気に入られるか」だけを気にしているように見えました。
しかし、対外情報庁のナルイシキン長官は「西側のパートナーに、最後のチャンスを与えましょう。 彼らにキエフ政府にミンスク2合意を極めて短期間で履行するように、強制させましょう」と提案したのです。
するとプーチンは、「君は、対話プロセスを始めろというのか?」と問い返します。この一言で、ナルイシキンは恐怖してしまい、意見を変えました。
恐れおののいた彼は、「ルガンスク、ドネツクをロシアに編入することを支持します」と言いました。
プーチンは、「俺たちはそんな話はしていない。独立を承認するかどうかの話をしているのだ」と言ってニヤリとしました。ナルイシキンは、「はい。私は独立承認を支持します」といいました。[北野、p222]
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対外情報庁のトップですら「宿題を忘れた小学生のように怯えていた」のです。これでは政権内にいくら優秀なスタッフがいて、素晴らしいアイデアを持っていても、独裁者は活用できません。
現代国家は、軍事、経済、外交、技術など多くの関連分野にまたがる複雑な意思決定を行わなければなりません。各分野での専門家が多面的な議論をして、効果的な政策にまとめ上げなければならないのです。それを独裁者が自分が気に入った意見だけを取り上げていたら、現実的で的を射た政策が生まれてくるはずもありません。
■5.脆さ(3): 国内外で協力できない
独裁国の脆さの第三は、国内外のチームワークが発揮できないことです。北野氏はプーチンが、ロシア語でオリガルヒという新興財閥を次々と裏切ったり、追放している様を詳しく紹介しています。
例えば90年代に最も力のあった新興財閥の長ベレゾフスキー。「クレムリンのゴッドファーザー」と呼ばれ、石油大手シブネフチを統括していました。また国営テレビORTの株49%を保有し、放送内容を完全に支配していました。彼の許可なしでは、大統領も首相を任命できないと言われていました。
プーチンは、このベレゾフスキーの後押しで、大統領になったのですが、大統領になった途端にFSBと検察を動かして、新興財閥を脱税・横領などの疑いで捜査し始めました。結局、ベレゾフスキーはイギリスに逃亡。その他、いくつもの新興財閥が短期間で潰され、プーチンに忠誠と政治への不介入を誓った財閥のみが生き残りました。
独裁者は自らの権力を得るために、激烈な権力闘争を勝ち抜く必要があります。その過程で強力なライバルは次々と倒されていくのです。
新興財閥はロシア経済のエンジンで、その力を活用してロシアは2000年から2008年まで年平均7%の成長を続けてきました。ところがクリミアを併合して自由民主陣営の制裁を受けると、2014年から2020年までのGDP成長率は年平均0.38%に落ち込んでしまいました。
今回の侵略によって、ロシアはさらに厳しい経済制裁を課され、ロシアの貿易は1/3まで縮小するとも言われています。より良い国民生活を実現するには、政治と経済が両輪となって経済発展を進める必要がありますが、独裁国家ではそうしたチームワーク自体がそもそも難しいのです。
■6.真に信頼できる同盟国も得られない
独裁国家は国際社会におけるチームワークも得られません。2022年3月2日、ロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議が、国連総会緊急特別会合で賛成多数で採択されました。賛成した国は141カ国。国連加盟国が193カ国なので、その73%が反ロシアとなってしまいました。
棄権した国は35カ国、意思を示さずという国が12カ国ありました。危険や意思を示さないのは、ロシア非難にこそ同調しませんが、ロシアに賛同して力を合わせていこうという姿勢ではありません。
ロシアの真の同盟国とはロシア非難決議に反対した国でしょう。 ベラルーシ、北朝鮮、エリトリア、シリアの4カ国にすぎませんでした。国際的に孤立している独裁国家ばかりで、頼りになるどころか、足手まといになるのがせいぜいといった国々です。
頼みの中国ですら、棄権してしまいました。独裁国どうしの同盟とは、互いを信頼しての真の同盟ではありません。単に独裁者どうし、当面は一緒にやって行ったほうが得だ、という損得計算にすぎません。安全保障や経済がこれだけグローバルに結びついた世界で互いに信頼できる同盟国を持てないということは、致命的な脆さにつながります。
■7.国内の「黒化勢力」と戦う
プーチンの失敗を例に、独裁国家の脆さを見てきました。これを反面教師として、自由民主主義国家としては、まさにこの正反対を行って、自らを強くする必要があります。具体的には、正確な情報の共有、衆智の結集、国内外での協力の3点です。
しかし、我が国は国内に「黒化勢力」を抱えており、彼らがこの3つの面で、日本の力を弱めています。周辺の「黒化国家」群に対応するのと同時に、国内の「黒化勢力」とも戦わねばなりません。
まず第一の「正確な情報の共有」ですが、テレビや新聞などの偏向オールドメディア、そして学校での偏向教科書、偏向教員が、嘘の情報を日本国民に流し続けています。たとえば、安倍元首相の海外からの膨大な弔意メッセージに我々は驚かされましたが、いかに偏向オールドメディアが、安倍元首相の功績に関して、正確な情報を伝えていなかったかを端的に示しています。
第二は「衆智の結集」です。本来なら国会とは国民各層、各地域の「選良」が議論を通じて衆智を集め、国家としてより良い政策を考えていく場です。ところが立憲民主党などは、先年の「もりかけ」、その後は旧統一教会問題などで、政府の足を引っ張ることしか、していませんでした。
政府与党も揚げ足とりからいかに逃げるか、という姿勢で、対「黒化国家群」との対応に関するまともな議論をする気がありません。議論の中核であるべき改憲問題でも、これらの「黒化」勢力は、改憲審議そのものを忌避して、憲法改正をストップさせてきました。国会が、本来の「衆智を集める」場として機能していないのは、「黒化勢力」の妨害によるものです。
第三の「国内外の協力」では、たとえば左翼政党が本当に労働者の味方であったら、派遣労働制度、外国人労働者、製造工場の国外流出、農林水産業の衰退などの問題に真剣に取り組んで、労働者が活き活きと働けるような環境整備に取り組んだはずです。それによって、日本経済ももっと元気になっていたはずです。
また、たとえばアジア、アフリカの貧しい国々との独自のパイプを作り、それらの国々との共栄政策を追求する、という事で、日本の国際協力関係を増進する事もできたはずです。
我が国が政治経済の両面で停滞、衰退しているのは、情報、智慧、力の結集を阻害する国内の「黒化勢力」のためです。我が国の生き残りのためにも、こうした国内の「黒化勢力」を早く一掃して、自由民主主義の力を増進しなければなりません。
ロシアの衰退が明らかになり、現代の「黒化勢力の核」は中国です。北野氏の新著では、中国に関する分析も詳しくなされています。我々の子孫が、この「黒化勢力」の下で、暗黒の暮らしをしなくとも良いよう、現在が踏ん張りどころです。そのためにも、「黒化勢力」の脆さをよく弁え、自由民主陣営の強みを国内外で最大限に発揮していくことが必要なのです。
(文責:伊勢雅臣)
■おたより
■日本は古来より日本独自の平和・調和を保つ思想や知恵がある
(Naokiさん)
今回のメルマガから、独裁主義に対する自由民主主義の強みについても学べました。そして、さらに深く考えたのが、日本=自由民主主義なのか?という命題です。
日本は確かに日米同盟を結び、価値観としては自由民主主義を共有していると言えます。しかし、日本は古来より日本独自の平和・調和を保つ思想や知恵があります。天岩戸びらきに関しても、神々がミーティング(敢えて英単語で書きますが…)して方針を全会一致で決め、決めたことは全員が適材適所で対応するのが「日本流」だと言えます。
国際情勢は目まぐるしく変化し、〇〇主義というイデオロギーが世界に充満していますが、そんな乱世だからこそ、長い歴史・伝統によって育まれた生きた知恵を活用できる「日本・日本人」が求められていると感じました。
■伊勢雅臣より
日本には、欧米とだいぶ来歴は異なりますが、日本型の自由民主主義の伝統があると考えています。次の本は、これがテーマです。
■リンク■
■参考■
(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
・北野幸伯『黒化する世界 ―民主主義は生き残れるのか?―』★★★、扶桑社、R04
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