JOG(1370) 先人の追悼が明日への希望を生む ~ 谷口智彦『安倍総理のスピーチ』から
先人の御霊(みたま)の追悼が、明日への希望を生む。それが日本の行くべき道であることを、安倍元総理は示した。
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■1.「未来に光を見ましょうよ」と訴え続けた安倍総理
歴史的な円安で、日本企業の海外での事業収益は円に換算すれば、自動的に何割も膨らむ一方、消費支出は円安による輸入食料品やエネルギーの価格高騰で、前年比2.6%減りました[日経]。グローバル化した日本企業が海外でいくら収益を上げても、その恩恵は国内の消費者には伝わってないようなのです。
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日本企業経営者は集合的意思として、日本の将来に投資できないと考えている。カネを遊ばせ、資本装備の充実などに使おうとしない。
経営者自身が日本の未来を信じていない。だから資本装備が増えない。またしてもその不在において際立つのは、未来への希望である。[谷口、p193]
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こう語るのは、安倍元総理のスピーチライターを務めた谷口智彦氏です。
「未来への希望」を失っているのは、日本企業経営者だけではありません。子供たちも同様です。世界各国の青少年が「自分の将来」に関して、どの程度明るいと思っているかを調べた調査では、欧米諸国はおおむね60~70%。それに対して、日本の青少年はわずか30.9%と断然、低いのです。
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未来を明るく見ることができない世代、自尊心、自己効力感がともに極めて低い集団として、彼らは日本近代の歴史に前例をみない。 安倍総理はしたがって、それでも生きていくんだから未来に光を見ましょうよと、訴え続けなくてはならなくなった。
これはわたしがドラフトするもの(伊勢注:起草するスピーチ原稿)のすべてに一貫した基調となった。[谷口、p196]
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■2.国民の希望と自尊心を奪う自虐史観教育と中韓の歴史攻撃
青少年、ひいては国民全体の希望や自尊心を奪っているのは、国内では自虐史観教育であり、また、国外では中国、韓国からの歴史攻撃です。
安倍元総理が在任中に必ず一度はと念じていた靖国神社参拝を平成25(2013)年12月26日に実行した途端、中国や韓国は「右傾化」と一斉に非難しました。さらに米国まで、「日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動をとったことに、アメリカ政府は失望している」と、これまでにない強い表現で批判しました。
谷口氏は「このときが、安倍政権が外国から最も強い逆風を受けた時期だ」と断言しています。日本の青少年から見れば、戦没者を祀る靖国神社に首相が参拝しただけで、これだけ国際的な批判を呼ぶのは、やはり、戦争中の日本は悪い事をしたからではないか、と受けとめたでしょう。
これでは日本は「前科者国家」であり、世界の片隅でひっそりと後ろ指をされないように生きていかなければならない、という自己認識しか生まれません。
■3.日本前科者史観との戦い
安倍元総理は政治経済外交で巨大な功績を残しましたが、その中でも今後の日本の歴史に大きな足跡と記憶されるべきは、中韓が欧米にも広めていた日本前科者史観と戦い、その払拭に相当程度の成功を収めたという点です。
その戦いの最初の一歩が、平成25(2013)年8月の全国戦没者追悼式での式辞でした。
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いとしい我が子や妻を思い、残していく父、母に幸多かれ、ふるさとの山河よ、緑なせと念じつつ、貴い命を捧げられた、あなた方の犠牲の上に、いま、私たちが享受する平和と、繁栄があります。そのことを、片時たりとも忘れません。
御霊を悼(いた)んで平安を祈り、感謝を捧げるに、言葉は無力なれば、いまは来し方を思い、しばし瞑目し、静かに頭を垂れたいと思います。・・・
私たちは、歴史に対して謙虚に向き合い、学ぶべき教訓を深く胸に刻みつつ、希望に満ちた、国の未来を切り拓いてまいります。世界の恒久平和に、能うる限り貢献し、万人が、心豊かに暮らせる世を実現するよう、全力を尽くしてまいります。[谷口、p49]
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英霊への「真心」の籠もった、このスピーチには、過去の総理たちとは、まるで違う点が一つありました。
■4.「追悼」と「反省」は違う
それは、近隣諸国への加害責任を反省する一節がない点です。たとえば、前任の野田佳彦総理は、その前年の追悼式でこう語っています。
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先の大戦では、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対し、多大の損害と苦痛を与えました。深く反省し、犠牲となられた方々とそのご遺族に、謹んで哀悼の意を表します。[谷口、p54]
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戦没者追悼式とは、その名の通り、戦没者を追悼、すなわち「亡くなった人の生前を偲び、その死を嘆き悲しむ」ことです。それは死者の御霊に心を寄せる行為です。安倍元総理の「いとしい我が子や妻を思い」以下の一節は、まさしく英霊たちがどのような思いを抱きつつ亡くなっていったか、について思いを馳せています。
そして、その英霊たちが、遺された我々の仕合せを願いつつ、命を捧げた事に思いいたれば、「希望に満ちた、国の未来を切り拓い」ていく決意が生まれてきます。
それを野田総理のように、近隣諸国に「多大の損害と苦痛を与え」と「深く反省し」では、英霊たちに「あなたたちは犯罪国家の犠牲者だった」として、それを我々が「反省」することが「追悼」だということになってしまいます。これでは国のために一命を捧げたほとんどの英霊たちもその遺族たちも、その護国の思いは踏みにじられてしまいます。
こうした「反省」によって、中韓をなだめ、さも道徳心の高い政治家であるようなフリをすることができます。自分自身は何の代償も払うことなく、英霊や遺族の思いを踏みにじり、政治家としての利己心を満たす-これは偽善者の振るまいに他なりません。
■5.「静かに目を閉じて、頭を垂れてみるしかない」
「反省」のかわりに安倍元総理が行っているのは、「しばし瞑目し、静かに頭を垂れたい」ということです。ここでは「総理が生者としての日本国民を背にそこに立ち、死者の御霊に相対している」[谷口、p241]という構図が明確に打ち出されています。そこでの追悼のあり方について、谷口氏は次のように述べています。
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(1)父祖たちの行為について、現代を生きる自分は謝ったり、詫びたりできないし、してはならない。むしろそうすることは歴史に対する思い上がりになる。
(2)過去の行為がもたらした帰結について、もはや取り返しはつかず、片々たる謝罪ごときが救済できるものではさらにないが、だったらなおのこと、静かに目を閉じて、頭を垂れてみるしかない。
(3)こみ上げるのは、溜息のような感情である。ああ、なぜ、あんなことを。歴史の全体に対する、悔やんでも悔やみきれない気持ちだ。せめてそのことを、言葉にすることはできる。[谷口、1,61]
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先人の御霊に思いを馳せること、それは古来、日本人が亡き人への思いを謳った挽歌そのものです。たとえば、柿本人麻呂の有名な挽歌を挙げてみましょう。
東(ひむがし)の野にはかぎろひ立つ見えてかへり見すれば月西渡(にしわた)る
(東の野辺には曙の光がさしそめて、振り返って見ると、月は西空に傾いている。(萬葉集48)[伊藤博『萬葉集釋注一』)
人麻呂は10歳の軽皇子(かるのみこ)に供奉して、安騎(あき)の野に野宿し、夜明けとともに狩りに出発するところです。この地はかつて皇子の父、今は亡き草壁皇子(くさかべのみこ)が狩りをされた同じ場所です。一世代を超えて、同じ場所で、東の空に昇る日と西の空に沈む月という同じ光景が現出しています。
東に今まさに上らんとする朝日は軽皇子を、西に沈まんとする月は亡き草壁皇子を象徴するかのようです。草壁皇子への追悼が、軽皇子への希望を生むのです。「いとしい我が子や妻を思い」という追悼から、「希望に満ちた、国の未来を切り拓いてまいります」という希望へ。安倍元総理の演説は、我が国の千数百年の挽歌の伝統に根ざしたものでした。
■6.オバマ大統領と安倍元首相の挽歌の謳いあい
しかし、こうした日本の伝統は、他国の人々に通じるのでしょうか? 見事に通ずることを示したのが、2016年5月の広島でのオバマ大統領のスピーチと、その返歌とも言うべき安倍元首相の同年12月の真珠湾でのスピーチでした。
オバマ大統領のスピーチには、以下の一節がありました。
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朝一番に見せる子どもの笑顔。食卓でそっと触れる伴侶の手の優しさ。ホッとさせてくれる親の抱擁。こうしたことを考えるとき、私たちはこの同じ貴重な瞬間が71年前(伊勢注: 原爆投下の直前)、ここにもあったことを知ることができます。犠牲となった方々は、私たちと同じです。[American Center Japan]
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対する安倍元首相の真珠湾でのスピーチは、こうでした。
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あの日、日曜の朝の、明るく寛いだ、弾む会話の声。
自分の未来を、そして夢を語り合う、若い兵士たちの声。
最後の瞬間、愛する人の名を叫ぶ声。
生まれてくる子の、幸せを祈る声。
一人ひとりの兵士に、その身を案じる母がいて、父がいた。愛する妻や、恋人がいた。成長を楽しみにしている、子供たちがいたでしょう。
それら、全ての思いが断たれてしまった。
その厳粛な事実を思うとき、かみしめるとき、私は、言葉を失います。
その御霊よ、安らかなれ─。[谷口、p168]
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原爆と真珠湾攻撃で倒れた互いの御霊たちへの挽歌を謳い合うことで、かつての憎しみは共感に場所を譲り、和解が生まれる。それが「希望の同盟」の基盤となる。安倍元首相の追悼と希望は、米国民の心にもそのまま伝わるものだったのです。
こうして両首脳が追悼と希望を交互に謳い上げた後に、いまだに過去への恨みつらみを訴え続けることは、人間としての品位に悖(もと)る事だという国民常識が米国でも広まったのでしょう。中国や韓国の日本非難は米国内では共感を呼ばなくなりました。
■7.追悼と希望で結ぶ民主主義国家間のネットワーク
追悼と希望は、中韓との和解にも適用できないのでしょうか? 弊誌は少なくとも当面の間は不可能だと考えます。両国の反日政策は政治的打算に基づくものです。それぞれの政府は自国民に対して、かつての加害国日本を糾弾することで、自分たち政権の人気取りをし、海外では被害国として同情を集め、味方を増やそうとしています。
追悼と希望は国民感情に訴えるものなので、政府が打算的に反日政策をとり、国民の間に反日感情を植え込む教育をしている間は、両国内では現実的効果は持ち得ません。
しかし国外に向けての反日外交パフォーマンスは、それに共感する諸外国がいなければ意味を失います。安倍元総理による追悼と希望に基づく外交で、欧米にもアジアにも、両国の反日外交に共鳴する国々はほとんどなくなりました。それにつれて、反日外交もかつての勢いを失っていきました。
両国が反日政策を仕掛けてきた根底には、中国の伝統的な「革命」思想があります。一つの王朝が堕落すると、天は新しい王朝に天下を治めるよう天命を下すという「革命=天命が革(あらた)まる」という思想です。この政治思想のもとでは、現王朝は常に前王朝を悪し様に罵ることで、自分たちの正当性を主張します。彼らは、日本を前王朝のように非難の対象としているのです。
この「革命」思想は、西洋で生まれた共産主義も同じです。左翼は常に現在の政治体制への憎悪を燃え立たせて、人々を革命に走らせようとします。
ここで、谷口氏の次の重要な指摘が浮かび上がります。
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ところで民主主義とは、先達への尊崇なくして根づき得るものだろうか。
民主主義とはその育成と定着に気が遠くなるほど長い献身を必要とするものなればこそ、遠い昔の先人と自分とをつなぐ意識──歴史認識の土台というべき自覚を、条件として必要とする。[谷口、p218]
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先人への挽歌が心を打つのは「遠い昔の先人と自分とをつなぐ意識」があればこそです。「革命思想」のもとでは、先人の否定が自分の正当性を証明するものです。とすれば、そこでは民主主義は根付き得ないということになります。
自国の歴史において「遠い昔の先人と自分とをつなぐ意識」を持っている国は、長い時間をかけて民主主義を育成・定着しうる国であり、たとえ過去に戦った国とも、互いの英霊への追悼と明日への希望を通じて、和解できるのです。安倍首相は、そういう国々と「希望の同盟」を強化し、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)を生み育て、QUAD(日米豪印戦略対話)を始めました。
追悼と希望、これは日本の長き文化伝統に根ざし、かつ国際社会における民主主義国家間の外交原則として、さらには日本国民自身の自虐史観を吹き飛ばして先人への感謝と未来への明るい希望を取り戻すために、安倍元総理が遺してくれた叡知なのです。
(文責 伊勢雅臣)
■おたより
■安倍首相の掲げていた理想は未来の日本を明るく輝かせるもの(清田直紀さん)
安倍首相の言葉には「真心」がこもっていると感じることが多くありました。その秘密(の一端)が今回のメルマガで分かったような気がします。
恩讐を越えたオバマ大統領との繋がりを生んだエピソードも、心に響くものがあります。
安倍首相の掲げていた理想は未来の日本を明るく輝かせるものでした。その方向に向けて、私も働いていこうと思いました。
■伊勢雅臣より
やはり真心のこもった言葉は、言霊として外国人も含め、他者の真心に響くのですね。
■リンク■
・テーママガジン「安倍元首相が追い求めた国の姿」
弊誌記事7編を一カ所で読めます。
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
・American Center Japan「広島平和記念公園におけるバラク・オバマ大統領の演説」
・谷口智彦『安倍総理のスピーチ』★★★、文春新書、R04
https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4166613820/japanontheg01-22/
・日本経済新聞、R060206、「消費支出、23年の月平均2.6%減 物価高で3年ぶり下落」
■伊勢雅臣より
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