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JOG(1071) 最新科学が解明する利他心の共同体

 人間が進化の過程で獲得した利他心を最大限に発揮しうる仕組みをわが国は備えている。


■1.利他心が創る幸福な共同体

 弊誌1067号「最新科学が解明する利他の心」[a]では、大脳生理学や実験心理学などで、「利他の心は人間に喜びを与え、健康を増進し、能力を高める」事が証明されつつあることを紹介した。

 そこでは、さらに「利他心は人類生存のための『武器』だった」として、ネアンデルタール人が現在の人類よりも屈強で脳も大きかったのに、家族より大きな共同体が作れずに、厳しい氷河期を生き残れなかった事実を述べた。

 それに対して、現在の人類はいくつもの家族が集まって数百人という、より大きな共同体を作ることができた。それにより、大勢の男たちが力をあわせてナウマンゾウのような巨大な獲物をとって分かちあったり、お産直後の母子を周囲の女性たちが助けてやることで、生存率を高めることもできた。

 家族よりも大きな共同体を作る能力が、人間の本能に組み込まれた利他心によってもたらされたのである。今回は、利他心の個人への影響だけでなく、それが幸福な共同体を創る原動力になる事を最新科学の研究をもとに述べてみたい。それは、まさに日本人が国家の理想としてきた所と合致しているのである。

■2.「目は口ほどに物を言う」

 まず共同体の中で助け合うためには、互いの心理状況を察して、相手が何を欲しているのか、どういう心持ちでいるのかを読み取る能力が必要である。

 たとえば、赤子を抱えた母親が水を飲みたいと思ったときに、近くに水源がなかったとする。周囲の女性がそれを察して、水を汲んできて呑ませてやる。こういう事が自然にできる共同体は生存の確率が高まる。そのためには他者の欲求や感情が読み取れなくてはならない。KY、すなわち「空気が読めない」では、共同体は成り立たない。

 こうしたコミュニケーションのためだろう、人間には感情が顔の表情に出て、その表情から他者の感情を読み取れるようになっている。そもそも感情が表情として表れる、ということ自体が人間らしい特性である。魚や蛇やねずみなどは表情を持たない。犬や猫くらいの高等な哺乳類になると、飼い主が喉を撫でてやると、満足そうな表情をしたりする。

 これらに比べると、人間の表情の豊かさは群を抜いている。人間の神経系は顔の200近くある筋肉につながっており、感情はすぐに顔に出てしまう。とくに繊細な表情を表現するのは目の周囲の筋肉だ。本人は表情を隠そうとしても、「目が笑って」いたりする。「目は口ほどに物を言う」という日本のことわざ通りである。

 一方、その表情を見て、他者の感情を理解する能力も人間には備わっている。ふつうの人は相手の顔を見るとき目に視線を集中するが、それはおもに相手の目から感情を読み取るためである。自閉症の人は相対する人の目を見ようとしないので、相手の感情を読めない。顔の見えない電話やメールでは、相手の感情を読み取ることが難しくなる。

 このように、人間は感情が表情に表れ、その表情から相手の感情を読むという生理的能力を進化の過程で身につけている。それはひとえに集団生活で必要な能力だからである。

 弊誌前号では、アメリカからやってきたジェイソン・モーガン氏が「日本人の気配りに驚いた」という話を紹介したが[b]、縄文時代以来、1万年以上も平和な共同体で暮らしてきた日本人に、こうした心理的なコミュニケーション能力が高度に発達しているのも当然だろう。

■3.「人の痛みを感じとる」能力

 他者の表情から感情を読み取る能力のみならず、それをあたかも自分自身の感情であるかのように共感する能力を人間は持っている。

 たとえば注射針を刺された痛みを感じる神経回路が、他者が注射を受けている様を見ても同じく活性化する事実が発見されている。人が注射をされているのを見て、まるで自分が注射をされているかのように「痛そう」と感じる事は誰でも経験するが、それが生理的なメカニズムとして確認されているのである。

 痛みだけではない。スウェーデンの研究者による実験では、楽しそうな表情の写真を見ただけで、被験者の口もとに笑みを作る筋肉がかすかに反応した。同じことが、悲しみや嫌悪、喜びについても起こる。そのような働きをする神経経路を「ミラー・ニューロン」と呼ぶ。鏡のように、他者の感情が自身の神経系統に写ってしまうのである。

 楽しげにしている人と一緒にいれば、なんとなく楽しい気分となり、沈鬱なムードの人々の中に入ると気が沈むという事は、我々の日常生活でも経験する事である。「社会的知性」を唱えた全米ベストセラー『SQ生きかたの知能指数』の中で、著者ダニエル・ゴールマンは次のように指摘している。

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・・・人間は相互にかかわりあって生きていくように神経回路ができている。・・・他人とかかわるとき、脳は否応なしに相手の脳とつながってしまう。脳と脳がつながることによって、人間は相手の脳に――したがって身体にも―― 影響を与え、自分自身も相手から影響を受ける。[1, p11]
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 人間の脳はこうした共感を通じて、集団生活ができるように進化してきたのである。

■4.共感によって、自他の境界が曖昧になっていく

 共感能力が発達すると、心理プロセスでの自己像と他者像が重なり合って、自他の区別が曖昧になっていく、という仮説を、米国ロックフェラー大学の神経生理学者ドナルド・パフ教授は著書「The Altruistic Brain: How We Are Naturally Good(「利他脳:いかに我々は生まれながらに善であるか」邦訳はまだない模様)で述べている。

 17世紀の哲学者トーマス・ホッブスはロンドンの街路を歩いている時、年老いた病身の物乞いを見かけて気の毒になり、かなりの金を恵んでやった。その理由を聞かれて、「老人の窮状を目にしたとき自分でもある種の痛みを感じた、だから施しをしたのは老人を救うためであると同時に自分の痛みを救うためでもあった」。ホップズは、友人にこう説明している。

 人間が他者の痛みを自分のものであるかのように共感する時、他者の痛みを救うことは、自分の痛みを救うことにもなる。パフ教授の仮説は、共感から他者のための利他的行動が生まれるプロセスを説明している。皮肉なのは、ホッブスは人間の自然状態は、万人が万人と闘争している、という人間観を唱えていたことだ。ホッブスの善行は、彼自身の思想が間違いであることを示している。

■5.「特別な事をした訳ではない」

 共感の発達により自己と他者の壁がなくなっていくと、共同体のために自己犠牲すら厭わない人々が出てくる、とパフ教授は指摘し、その一例として、東日本大震災で福島第一原発の暴走を止めるべく、危険な現地に留まった作業員たちを挙げる。[2, p68]

 アメリカのニュース・チャンネルのCNNは「福島の『自殺部隊』に応募した年配者たち」というタイトルで報道したが、そのうちの一人、タカハシ・マサアキ氏(65歳)は「『自殺部隊』だとか、カミカゼなどと呼ぶのは止めてほしい。特別な事をした訳ではない。ただ、何かしなければと思い、それを若い者にはさせたくなかっただけだ」と発言した。

 またテレビ局ABCのニュースは、こう伝えた。「普通の人々が事に臨んで立ち上がった点は素晴らしい。ある婦人は、家ではすごいことをしでかす人にはとても見えなかったけれども、今ではとても誇りに思っていると語った」と。

 パフ教授の主張点は、共同体のために自分自身の命すら犠牲にするという行為は、偉大な人物に限らない。そのような利他心は普通の人の脳中にも組み込まれている、という点である。

 カミカゼの特攻隊員たちも特別な人間ではなかった。拙著『世界が称賛する 日本人が知らない日本』で登場いただいた日系ブラジル人の女子高生ステッファニ・万里子・斎藤(15歳)さんは日本で特攻隊員の遺書や写真を見た時の印象をこう記している。

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 神風特攻隊で行った若者のことが、頭から離れません。彼たちの笑っている顔を写真で見て、どうして笑えるのか分かりませんでした。でも、今は分かるような気がします。
日本のため、家族のため、愛する人のためだったことがわかりました。
 彼たちが書いていた手紙を読んでいると、お父さんやお母さんの名前が何回も書かれている手紙を見つけました。そこには、彼たちの苦しみを少し感じることができました。
涙がポロポロ出ました。日本を守るために頑張りましたね。[d, p211]
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 特攻隊員たちの行為は、ブラジルの女子高生にも共感できる自然なものだった。

■6.共感→信用→和解

 信用も共感がもたらす、とパフ教授は指摘する。

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「信用」は共感の一形態であって、他者の中に自分自身を見つけて、自分の言葉や行為が理解されると期待できる状態を指す。[2, p13、拙訳]
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 さらにパフ教授は、南アフリカの人種や部族などの対立を仲裁する人の言葉を引用している。

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 信用のレベルが高い時には、調停の席でも双方ともそれほど警戒心を持たず、貴重な情報を進んで共有した。こういう情報は、双方にとって受け入れ可能な仲裁案を生み出すのに不可欠だった。[2, p175, 拙訳]
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 すなわち、共感が信用を育て、信用が紛争解決を助け、平和を創りだす、というプロセスである。日本列島では、太古の昔から、このプロセスが高度に機能していたようだ。自由社の中学歴史教科書は、こう述べている。

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 1万年以上にわたる縄文時代の大きな特徴は、遺跡から戦争の武器が出土しないことです。三内丸山のような巨大遺跡からでさえ、動物を狩るための弓矢や槍はありましたが、武器は見つかりませんでした。
おたがいが助け合う和の社会が維持され、精神的な豊かさを持ち合わせた社会であったと考えられます。私たちの祖先である蝿文の人々は、「和の文明」とも呼べるこのようなおだやかな社会を築いていたのです。[p.33]
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 まさにわが国は「大和」すなわち「大いなる和の国」であった。そして、それは人類の進化の最先端の姿であった。

■7.人間が進化の過程で獲得した利他心を発揮させる仕組み

 心理的な過程で自己像と他者像が重ね合わされて、人々はあたかも自分のためであるかのように他者のために行動する、というパフ教授の学説は、重要な発展系を持つ。それは国家などという抽象的な概念のために尽くすときにも、人はそれらを何らかの人物像に仮託しているのではないか、という事である。

 たとえば、福島原発で利他的な行為をした人々を動かしていたのは、原発の被害を抑えようというような抽象的な思考ではなく、実際に福島の村人を想像して、彼らを救いたいという思いだったのではないか、というのである。[2, p65]

 その気持ちは、終戦を決断した昭和天皇の次の御製にもつながっている。

爆撃にたふれゆく民のうへをおもひいくさとめけり身はいかならむとも

 昭和天皇にとって、国を守るということは「爆撃に倒れゆく民」をいかに救うかということであった。

 終戦後、昭和天皇が全国の国民を励まそうと、巡幸を始められると、各地で国民は昭和天皇を出迎えた。佐賀県では次のような光景が見られた。

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 引揚者の一行の前では、昭和天皇は、深々と頭を下げた。「長い間遠い外国でいろいろ苦労して大変であっただろう……」とお言葉をかけられた。すると一人の引揚者がにじり寄って言った。

「天皇陛下さまを恨んだこともありました。しかし苦しんでいるのは私だけではなかったのでした。天皇陛下さまも苦しんでいらっしゃることが今わかりました。今日からは決して世の中を呪いません。人を恨みません。天皇陛下さまと一緒に私も頑張ります」[d, p18]
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 国民にとっては、昭和天皇という人格こそが、国を体現する心理的イメージであった。天皇が自分たちを見舞いに来て下さった、ということは、国全体が自分たちを励ましてくれているのだ、という覚醒につながった。そこから、戦後復興のエネルギーが湧き上がっていった。

 天皇は国家を具体的な国民の姿から把握して、その幸せを祈り、国民は天皇という具体的な人格から国家をイメージして、「天皇のため」すなわち「国家のため」に尽くす。

 こうして考えると、国民の幸せを祈る皇室を国民統合の中核として戴くわが国の共同体としての構造は、人間が進化の過程で獲得した利他心を最大限に発揮させるためのきわめて合理的な仕組みであると言えるのではないか。
(文責 伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(1067) 最新科学が解明する利他の心
 利他の心は人間に喜びを与え、健康を増進し、能力を高める。その力が、明治日本の躍進の原動力となった。
http://jog-memo.seesaa.net/article/201806article_3.html

b. JOG(1070) 傲慢な国、謙虚な国 ~ 『アメリカも中国も韓国も反省して日本を見習いなさい』
 アメリカの南部人には、日本人の謙虚さが良く分かる。
http://jog-memo.seesaa.net/article/201807article_2.html

c. JOG(724) 福島の英雄たち
 自衛隊、消防庁、警視庁などの無数の英雄たちが、身を呈して福島第一原発事故の収拾にあたった。

d. 伊勢雅臣『世界が称賛する 日本人の知らない日本』、育鵬社、H28
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594074952/japanontheg01-22/

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■伊勢雅臣『世界が称賛する 日本人の知らない日本』に寄せられたアマゾン・カスタマー・レビュー
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アマゾン「日本論」カテゴリー1位(H28/6/30調べ) 総合19位(H28/5/29調べ)

■評価★★★★★ 自分の「根っこ」を探して(anaさん)

 20代のOLです。

 テレビやインターネットで「日本人は素晴らしい」という外国の方の投稿を見て驚きました。学校で掃除の時間があること、落し物が手元に戻ってくること、ゴミが落ちていないこと等々。当たり前だと思っていたことが、実は世界では稀少な現象であるということを知り、なぜそういう文化が日本にはあるのか、なぜ外国にそれがないのか、もっと知りたいと思いました。

 書店で本書を見かけ、早速購読したところ、その答えが少しずつ明確になってきました。自然に対する敬意、もったいないと思う気持ち、和を貴ぶ精神、自分の中にもそういう文化が根付いており、
それが自分の根っこなのだ、と。

 国際化に対応できなければ社会人として生き残れない、と英語などを学んできましたが、それよりももっと大事なことが本書には書かれています。大学生や私のように社会に出て間もない、若い世代にぜひ読んで欲しいです。
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■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

  1. ダニエル・ゴールマン『SQ生きかたの知能指数』★★★、日本経済新聞出版社、H19
    http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4532313023/japanontheg01-22/

  2. Donald W Pfaff, "The Altruistic Brain: How We Are Naturally Good"★★, Oxford University Press, 2014
    http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/B00O0URM3E/japanontheg01-22/

  3. 『中学社会新しい歴史教科書 新版 [平成28年度採用]』、自由社★★★、H27
    http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4915237826/japanontheg01-22/

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