短編「真夜中の同乗者」(1)
夜の0時半。Y駅着の最終電車を降りると、滝のように激しい雨が地面を打っていた。
Y駅発の最終バスはもう出た後だった。僕はぐらぐらと揺れる視界で、何度も目を擦りながら時刻表を確認した。
やれやれ、こんなに飲み過ぎたのは一体いつ以来だろう。僕は働きの鈍くなった頭で、記憶を辿ってみようとして、すぐに止めた。
今夜は祝いの席だった。職場の同僚の結婚が決まったのだ。
最近社内に明るいニュースがなかったことも手伝って、会は大いに盛り上がり、酒も進んだ。僕も2杯3杯と杯を重ね、今やどの酒を何杯飲んだのか、まるで思い出せなかった。
それにしても、最終バスに乗り遅れるとは誤算だった。Y駅から自宅までは、歩いて40分はかかる。
晴れた夜ならば、星など見上げながら歩けば、ちょうどいい酔い覚ましになる。でも、今夜はこのひどい雨だ。手元には、心許ないビニール傘が一本あるきりだった。
僕は徒歩での帰宅を諦めて、タクシー乗り場へ向かった。
金曜日の深夜ならば、最終バスを逃した客を待つタクシーが何台も並んでいるのが常だ。でも、今日はあいにく木曜日だった。
乗り場には、一台のタクシーも待っていなかった。僕は待合のベンチに腰かけ、勢いの衰えない雨音を聴きながら、タクシーを待った。
2分ほど経ったとき、雨音の向こうから、自動車のタイヤが水を切って走る音が聞こえた。しばらくして、タクシーが乗り場へやってきた。
僕は鞄とビニール傘を持つと、ベンチから腰を上げた。
ちょうど、そのときだった。年のころ35歳前後に見える男が、タクシー乗り場へ近づいてきた。
男は一目でそれと判る仕立てのよいスーツに身を包んでいた。僕の隣に立ったとき、品のよい香水の匂いがほのかに香った。
男は云った。
「どちらまで行かれますか? もし方角が同じなら同乗させていただきたいのですが」
(つづく)
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