短編「真夜中の同乗者」(3)
「説明が難しいのですが、夢の製造業とでも云いましょうか。夢をお作りして、お客様に提供するのが、私の仕事です」
「夢…ですか?」
僕は呆気に取られてしまった。
一体、男は何か冗談のつもりで言ったのだろうか。だとすれば、少々失礼な話という気もする。僕は真剣に男に問いかけたのに。
「そう夢なのです」
男は例の感じのよい微笑みを口元に浮かべて、僕のほうへ振り向いた。
「現代人は忙しくなり過ぎて、満足に夢を見ることができていません。その歪みがいろいろな形で現れています。
夢は人間の生活にとって欠かせないもの。健全な現実が、不健全な夢によって、そのバランスを保たれている例はたくさんありますからね」
男は少し興奮気味にまくし立てた。
「現実と夢のバランスですか?」
「さようです。考えてもみてください。このところ、想像を絶するような痛ましい事件がニュースをにぎわせているでしょう?
あれなどが良い例です。本当は夢の中に留め置くべき欲望が、現実の中に溢れ出しているといえます」
僕は男の調子に圧倒されながらも、胡散臭さを感じていた。男の感じのよい微笑みも、今となってはペテン師のそれのように思われた。
しかし、それと同時に、僕は男の怪しい話に興味を掻き立てられもした。
「一体、夢の製造業というのは、具体的にはどういう製品を作るのですか?」
僕は男にそう投げかけた。このペテン師はどんな風に答えてくるのだろうか。
「私どもは当社独自の技術により、夢の結晶化に成功しました」
「結晶化ですか?」
「さようです。私どもは夢の結晶を処方することにより、夢を見られないお客様の心をお救い申し上げるのです。
結晶は数百の既製品の他に、お客様自身の無意識の欲望に合わせてオーダーメイドの品をご用意することも可能です。あなたの欲している夢だってお作りできますよ」
夢の結晶などと、この男は何を云い出すのだろうか。やはり、この男はたちの悪いペテン師の類に違いないと僕は感じた。
(つづく)
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