小説が好きでここへ来ました。 ふと何か書くかもしれないし、いなくなるかもしれません。

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最近の記事

レビュー「やたらと爆発物に遭遇する男」シリーズ”ある男”より ブロッコリー展

 読み応えのある短編というのはなかなか出会えるものじゃない。  と思ってたらひょっこり出会ってしまったりもする。  この作品はとにかく説明が少ない。なぜ爆発物があるのか、なぜ遭遇するのか、そういった基本的設定については、潔いほど徹底して説明しない。  展開に次ぐ展開。そして心情。妙にキレのある、そして妙にユーモラスな語り口で、不思議なままに不思議な出来事が語られる。多少の不思議などよくあることだ、とでも言うような。  そして読み終えた後には、騙されたみたいにその不思議なままの

    • 剣のこころ【掌編小説】

       坂口仁兵衛が初めてその男を訪れたのは、二十歳をいくつかすぎた夏のことであった。  磨きぬいたわが剣の腕前を、いまこそ試すべしと、仁兵衛が選んだその相手は、関東一円に並ぶものなしと謳われた剣術家である。名を、柳田止水といった。彼はある村に田畑を借りて娘とふたりで暮らしていた。  仁兵衛が行くと、日に焼けた壮年の男が縁側に肘をついて寝そべり、娘に脚を揉ませて瓜を食っていた。 「柳田止水殿とお見受けする。一手ご指南ねがいたし」  止水は瓜の種を吐いて立った。足もとから拾いあげたの

      • 相容れないこころ【掌編小説】

         喧噪のただなかにぽっかりと黒い口をあけて、地下へと続く階段がそこにあった。  後ろ暗い商売のくせに、ずいぶん明るい大通りを根城にしたものだ。居酒屋とネイルサロンが入っているそのビルの地下には、『心臓屋』がある。私は冷たいコンクリートの壁を手でなぞるように、そっと階段を下りた。  一歩ごとに騒音が遠ざかり、自分のパンプスの足音だけが際立っていく。  看板も表札もないドア。通り抜けてしまえば、後戻りはできない。  ぎちりと不吉な音を立てて閉じたその扉を背に、私は狭い店内へ足を踏

        • 冒険との生活【掌編小説】

           冒険旅行への招待状が来ていた。  毎日、毎日、私のポストに届いていた。  招待状をくわえて靴を脱ぐのが、日課になった。それをリビングのテーブルにおいて、片づけものをすませて、珈琲を淹れて、ゆっくり封を切る。  内容は、いつも、大体同じ。 『冒険の旅に出ませんか。見たこともない場所へ行きませんか。あなたをお待ちしております』  そういう決まり文句の後、日程や行き先についての詳しい情報が載っている。  こんな具合に。 『出発日時 思い立ったが吉日  帰着予定 なし  行き

        レビュー「やたらと爆発物に遭遇する男」シリーズ”ある男”より ブロッコリー展

          混乱のラプンツェル【掌編小説】

           そのお姫様は堅固な城の、石造りの塔の上の小部屋にいた。窓に掛けられた長いはしごを上ると、彼女はその牢の部屋で、迷彩のオーバーオールを着て作業に没頭していた。  美しいはずの長い髪は無造作にくくられ、白く細いはずの指には機械油がこびりついている。お姫様らしいピンク色のドレスは椅子の背にかけっぱなしで、金のティアラのほうはテーブルに、それも食べかけのトーストや開いたままの雑誌になかば埋もれて置いてある。 「囚われのお姫様」は、自作のトラップの動作を入念にチェックしていた。彼女を

          混乱のラプンツェル【掌編小説】

          鳥【掌編小説】

           黒髪は腰のあたりまでまっすぐ流れ、肌の白さを際立たせる。  切れ長の目は聡明な光を湛え、唇はほんのり紅い。頬は柔らかな曲線を描き、うなじは折れそうに細い。  だれが見てもうなずける美少女だった。  彼女の家は「鳥やしき」といわれている。  往来から見通せる広い庭に大小さまざまの籠があり、無数の鳥が入れられているのだ。  ハトだけでも20羽はいようか。小さいものはスズメに始まり、大きなものはなんとダチョウだ。  その異様さに恐れをなして、近辺の男たちも彼女には近づかなかった

          鳥【掌編小説】

          ふうちゃんと特別なイチゴの森【掌編小説】

           ふうちゃんが待ち合わせに遅刻するのは、めずらしいことじゃない。  ぼくは、ふうちゃんを待つ間に、お寺の縁側の下の草をむしる。べつにやらなきゃいけないわけじゃなくて、ほかにすることがないからだ。  縁側の下がもぐらの運動場みたいに穴だらけになったころ、ふうちゃんはぷりぷり怒りながらやってきた。 「しんじらんない。たかちゃん、ほんとしんじらんないの」  ぼくはだまってふうちゃんを石段の一番きれいな所に座らせた。  怒っているふうちゃんに、何か話しかけられても、返事をしたらダメな

          ふうちゃんと特別なイチゴの森【掌編小説】

          首輪のついた矜持【掌編小説】

           彼女は野良ではなかった。近所の奥さんが自分の猫だと言った。鈴のついた首輪をつけて、ミッキイと呼ばれていた。ねずみではなくて猫のミッキイ。すんなりとした肢体に優美な銀の毛皮。  ミッキイは飼い猫らしからぬ女だった。すくなくとも近所の猫たちの間では彼女は女帝と言って差し支えない地位にあった。  当時、私の家では犬を飼っていた。  まだ若い中型の雄で、血気盛んなやつだ。毎日、庭から道路を見張り、よその犬や猫が通ろうものなら首の鎖をじゃらじゃら言わせて吠えかかっていた。  ミッキ

          首輪のついた矜持【掌編小説】

          スイカにはならない【掌編小説】(暴力表現あり)

           誕生日ほどいらだつものはない。  わりと小さい頃から俺は誕生日が嫌いで、その日は家に帰りたくなくて、わざと隣の席の女子のランドセルに牛乳入れたり、授業抜けて万引きしに行ったりした。そのころは担任がいちいちクラス全員の誕生日を発表して「おめでとう!」なんてやりやがったから、余計腹が立った。  俺が子供の頃、うれしかったのは、亜也の誕生日だ。同じ団地の同じ棟で当たり前のように出入りしてて、亜也の家じゃ当たり前に俺の分もケーキを用意していた。そんなもの亜也の誕生日か亜也の家のクリ

          スイカにはならない【掌編小説】(暴力表現あり)

          空気質シンドローム【掌編小説】

           奈穂子は昔から、欲しがらない女だった。  プレゼントは何がいいか。デートはどこに行きたいか。何が食べたいか。希望を聞いても、明確な答えが出てきたためしがない。「友樹にまかせるわ。あなたの思う通りにしたいの」そう言って柔らかく微笑む。その、謙虚で奥ゆかしい微笑みがどうしようもなく愛しくて、この女しかいないと思ったものだった。  結婚してからは、やりくりの苦しい家計の中から半分を友樹の小遣いに回し、自分は新しい服一つ買わない。趣味も作らず、友人と出かけることもない。黙々とパート

          空気質シンドローム【掌編小説】

          秘めるが桜【掌編小説】

           おぼろ山には毎年、桜の花が咲く。  ふもとから見ると、山の中腹あたりの木々の間から、淡くかすむピンクの枝が顔を出している。あちらにもこちらにも、まるで気まぐれな春の女神の、落としたハンカチのように。  ちいさな小さな山だから、散歩がてら、一度は咲いているところを見に行こうと思っていた。  公園や河川敷にも桜はあるけれど、どことなく埃っぽくて、酔っ払いが浮かれて騒いでいたり、カップ酒の空き瓶が落ちていたりする。桜の妖艶な神秘は感じられない。やっぱり、喧騒から離れたところで桜

          秘めるが桜【掌編小説】

          ホチキス【掌編小説】

           言葉がうまく出せなくて、もがいて、うめいて、獣のようにうなりをあげて、途方に暮れた。這いずるように立ち上がって洗面所へ向かった。喉の奥に何かがつかえているのなら、指を入れて吐き出そうと思ったのだ。  ふらふらと洗面台にもたれかかり、ふと目の前の鏡を見た。  私の口は、ホチキスで留めてあった。  何か所も丁寧に、上下の唇をきっちり合わせて、小さな鈍色の針で綴じてあるのだった。  指ではがそうとして、人差し指の腹にけがをした。ぷっくりと血液が膨れ上がり、やがてぽたりと落ちて、洗

          ホチキス【掌編小説】

          セクシー 【掌編小説】

           その朝、私のドレスショップにやってきたのは、一羽の雌のクジャクでした。  彼女はもじもじと恥じらいながら、長い足で敷居をまたいでそうっと入ってきました。 「あのう。どうかわたくしに、男性をひきつける魅力的なドレスを仕立ててくださいな」  私は、まあ商売ですから、お客様を選り好みするようなことはいたしません。どんな方にも、いちばん似合うものを仕立てて差し上げるのが、職人の腕というものです。  しかしさすがにクジャクのお嬢さんのドレスは経験がございませんので、とまどったのも確か

          セクシー 【掌編小説】

          化け狸の現代病【掌編小説】

           むかしのこと、百年を生きた妖怪狸のおはなし。  経験をつんだ古狸は、簡単な妖術が使えるようになる。  人そっくりに化けるほどの技量はないが、姿かたちをごまかす程度の目くらましなら、苦もなく使えるようになった狸がいた。  狸もそれくらいになると、人里に下りて食べ物をちょろまかすことを知っている。  この狸は甘いものに目がなかった。  村で祝い事があるたびに出没しては、祝いの菓子ばかり狙うので、村人たちに苦々しく思われていた。  やがて菓子は厳重に見張られるようになり、わな

          化け狸の現代病【掌編小説】

          柿の種チョコ【掌編小説】

           ざらざらとお皿に出すと、そのうちの一粒が、おもむろによっこらしょと立ち上がった。  よくよく見ると、黒く短い脚が六本、左右対称に生えていた。 「よう、驚いたろう」  脚の生えた柿の種チョコは、その他大勢の普通の柿の種チョコのうえで、こころもちふんぞり返った。  驚いたろうといわれると、案外素直に驚けないもので、 「べつに」  とそっけない返事をした。 「べつにってこたぁないだろ。あんたはいま俺を食べようとした。だが俺はいまや柿の種チョコじゃない。俺は虫だ。どうだ、あんた、黒

          柿の種チョコ【掌編小説】

          ハイジャック【掌編小説】

           彼は何も言わなかった。  私も何も言わなかった。  重々しい手つきで入口の鎖を外し、彼は、観覧車のスイッチを入れた。  そうしてまた私の背に銃口を突き付けた。  平日の遊園地に人影はまばらで、昼の光がくたびれたようにアスファルトにのびていた。  ゴンドラが少し上がると、彼は銃口を下げ、少し笑った。  ガラス越しに見下ろすと、もう、観覧車の周りじゅう何台も、パンダカラーの車が乗り付けてきていた。  せっかく人質を取ったって、あんなにぐるりを囲まれたんじゃ、望みがある

          ハイジャック【掌編小説】