細かすぎる英文契約解説(第2回)〜ワンセンテンス・ワンミーニング〜
はじめに
今回は、やや抽象的ながら、契約条項作成の一般論に視野を広げてみたいと思います。そもそも契約契約の一つの目的は、当事者の合意の明確化です。そうであるとすれば、出来上がった各条項に複数の解釈が成り立ってしまうことは厳に避けなければなりません。
私のような純ジャパが漫然と長めの条項を英文で書くと、しばしば曖昧な文章になってしまいがちで、実務でも相手方や上司にこの点を指摘されることがありました。このような曖昧さを回避するために、私が取った複数のロースクールの授業で強調されていた「ワンセンテンス・ワンミーニングの原則」について解説したいと思います。
この原則を意識するだけで、各条項の正確性が劇的に上がります。
ワンセンテンス・ワンミーニングとは
ワンセンテンス・ワンミーニングの原則は、その名のとおり「一つの文章には一つの意味しか含めてはならない」という原則です。契約ドラフティングでは、一つの条項に複数の権利義務関係(あるいはルール)を盛り込んでしまうと、複数の解釈を許す曖昧な表現になってしまいます。そこでこのルールを使うことで、明確で理解しやすい文章になっていきます。
以下の文章は、ワンセンテンス・ワンミーニングを意識せずに書かれた条項です。この文章はどのように解釈できるでしょうか。
"Employees must wear uniforms or business attire and bring their ID badges."
この文では、2つの異なる解釈が可能です。
社員は、制服またはビジネスアタイアを着用し、(制服またはビジネスアタイアいずれの場合も)IDバッジを持参する必要がある。
社員は、制服を着用するか、ビジネスアタイアを着用してIDバッジを持参する必要がある。
制服を着用すれば、それが従業員である証左になるのでIDは不要。ありうる解釈ですね。一方で、服装にかかわらずIDバッジが必要というのもよくある話です。もし全ての従業員にIDバッジを付けさせたい場合、制服だけ着てIDバッジを付けずに出社する社員が多数現れて困ったことになりそうです。
ワンセンテンス・ワンミーニングを使うと
前記の悪い文章を、ワンセンテンス・ワンミーニングに基づいて分割してみます。
悪い例: "Employees must wear uniforms or business attire and bring their ID badges."
ワンセンテンス・ワンミーニング: "Employees must wear either uniforms or business attire. Employees must also bring their ID badges."
制服またはビジネスアタイアを着用することが求められており、さらにIDバッジの持参も必須であることが明確に示されますね。
コンマでも良いのだが。。
一方で、コンマを用いて文章を明確化することも可能です。コンマを使用して、先ほどの曖昧な文を書き換えると次のようになります。
悪い例: "Employees must wear uniforms or business attire and bring their ID badges."
コンマで明確化: "Employees must wear uniforms or business attire, and bring their ID badges."
コンマを使用して、「and」の前に一時的な区切りを作ることで、文の意味が明確になります。この文でも、社員が制服またはビジネスアタイアを着用し、さらにIDバッジを持参する必要があることが分かります。
ただし、コンマの使用は慎重に行わないと、たちまち曖昧な文章が出来上がってしまいます。例えば、次のような文章はどのような意味でしょうか。
"The manager, who is responsible for overseeing the team, assigning tasks, and ensuring deadlines are met, will also be in charge of the project's budget, communicating with stakeholders, and reporting progress to the executive team."
マネジャーの責任をひたすら列挙しているようにも読める一方で、二個目以降のコンマが括られた修飾がどのワードにかかるのか不明です。例えば、assining tasksはthe teamを修飾しているかも知れません。つまり、タスクをアサインするチームを監督するのがマネジャーの責務(マネジャー自身はタスクを与えず管理するだけ)と解釈することも可能です。このような曖昧さは、その後にコンマで囲まれたフレーズ全てに生じてきます。
結局、かなりの上級者でない限り、なるべく文章を分割し、ワンセンテンス・ワンミーニングの原則に従うことが、各自に明確で理解しやすい条項を作るポイントと言えるでしょう。
まとめ
ワンセンテンス・ワンミーニングの原則を適用することで、それぞれの文が1つの意味を持ち、曖昧さが回避され、条項全体がより明確で理解しやすくなります。
コンマを正しく使うことで意味がクリアになることがありますが、慎重に使わないとかえって思わぬ解釈を生むことがあるので注意が必要です。文章を細切れにすることで稚拙に見えることもであるでしょう。しかし、冒頭に述べたとおり、当事者の合意の明確化が契約書作成の重要な目的です。文学的な美しさは二の次、三の次で良いでしょう。
徹頭徹尾、ワンセンテンス・ワンミーニングの原則に従うことが、より良い英文契約書作成の近道と言えると思います。