【Anyplace内藤聡】USのインキュベーション・プログラム事情
シリコンバレーでCo-living事業を展開するスタートアップ・Anyplaceを創業した内藤聡さん。彼は『エンジェル投資家』の著者・ジェイソン・カラカニスが主催するインキュベーション・プログラムであるLAUNCH Incubatorにも参加しています。
日本に一時帰国しているタイミングに、彼のLAUNCH Incubatorでの体験について聞いてみました。
内藤聡 : Anyplace共同創業者。1990年山梨県生まれ。大学卒業後に渡米。サンフランシスコで、いくつかの事業に失敗後、2017年にホテル賃貸サービスのAnyplaceをローンチ。同年ウーバーの初期投資家であるジェイソン・カラカニス氏から投資を受ける。
ピッチの1000本ノックを経て、投資家からの質問には「型」があると気づく
朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):今日はアメリカのインキュベーション・プログラム事情について伺えたらと思います。僕たちの共通の友人でもあるRameHeroのヒロくん(長谷川浩之氏)はAngelpadという著名アクセラレータプログラムに参加していたけれど、Anyplaceも別のインキュベーション・プログラムに参加していたんだよね?
内藤聡(Anyplace CEO。以下、内藤):はい。ジェイソン・カラカニスというUberの初期投資家でもあるエンジェル投資家が主催しているインキュベーション・プログラムに参加しました。アメリカにはいくつかアクセラレータがあるんですが、ジェイソンのものは結構特殊だと思います。
朝倉:日本でも出版されましたが、彼は『エンジェル投資家』という著作も出されている著名投資家ですよね。Uberの初期の投資家でもある。ジェイソン氏のプログラムはどういう点が特殊だったんですか?
内藤:よく知られているY Combinatorのプログラムでは、1タームに100社ほどの参加者を募って行いますが、ジェイソンのは6、7社と参加人数を絞っています。その人数で、3ヶ月にわたってプログラムが行われます。期間内には毎週、ジェイソンが連れてくるVCやエンジェル投資家へピッチ(プレゼンテーション)する機会が用意されていました。
ゲストとして来る投資家は、セコイア・キャピタル、ファウンダーズファンドなど、なかなか直接会えないような大手VCの人たちです。彼らを前に、自分たちのビジネスをピッチした後、フィードバックをもらいます。いわば、ピッチの1000本ノックです。
朝倉:それを毎週やるの?
内藤:はい。しかも、毎回ピッチ終了後に、その週のトップスリーを投票で決められるんです。誰に何票入ったかが、参加者は目に見えてわかるようになっています。
朝倉:参加者は、毎回他の参加者のピッチも聞くのかな?
内藤:はい。
朝倉:週一でピッチの内容を変えていくんですか?
内藤:そうですね。事業の進捗内容によってピッチ内容を変更したり、投資家の反応によって変更したりと、どんどん改良を加えていく感じです。
朝倉:ピッチの他、プログラムではどういったことをやるんですか?
内藤:基本的にはひたすらピッチして資金調達を目指すのがプログラムのメインなんですが、その他にはジェイソンが毎週呼んでくれる様々なゲストの講義が受けられました。例えば、ジョッシュ・エルマンというプロダクトグロースの神として知られている人が、「グロース」をテーマに話してくれたりと、各分野のプロフェッショナルが講師として知識を共有してくれました。
朝倉:すごい。それが3ヶ月間行われるんだね。
内藤:はい。しかも、当時の僕は今よりも全然英語が喋れなかったので、毎週のピッチを通して相当しごかれました。でも、あの経験によって、VCに会うことに対する緊張感を軽減できたのはよかったと思います。
というのも、どんなに著名なVCでも、聞かれることはだいたい同じなんですね。その質問がわかっていたら、質問に対する回答の準備ができます。それを知れたことは得難い経験になりましたね。
投資家からの質問に入念な準備をして最下位から1位に
朝倉:具体的にはどういったことを聞かれることが多かった?
内藤:まず、「顧客は誰なのか」ということ。そして、一番よく聞かれるのは「ディフェンシビリティ」です。「Anyplaceがある。もし、Anyplace Bが出現した時に、AnyplaceがBに勝てる理由を説明してください」といったような質問です。
朝倉:競合優位性ですね。これは面白いテーマですよね。成熟した会社について、どんな参入障壁があるのかを問うた上で投資するというのは一般的なことです。ウォーレン・バフェットも、例えばコカ・コーラ社だったら「圧倒的なブランド力」など、投資先を選定する際に参入障壁が高い企業であるかを重視すると言われていますね。
一方で、初期のスタートアップには高い参入障壁なんかまだ無いんだから、聞いても仕方がないだろうという意見の人もいます。
内藤:そうですね。初期のスタートアップでは圧倒的な参入障壁を築くのは難しいとは思いますが、それを築くためのポイント4つを抑えたプレゼンをするようにしていました。
1つ目は、ネットワークエフェクト(ネットワーク外部性)が効くかどうか。ユーザーが増えれば増えるほど、サービスの価値が上がるものかどうかということです。2つ目が、ブランド。3つ目が、スケールメリット。規模の経済のことですね。そして4つ目が、スイッチングコストが高いかどうかです。
全てを実現することはできなくても、上記のいずれかに該当していたら、参入障壁は高くなるので、それをどう自分のプロダクトに照らし合わせていけるかを考えて、英語に落とし込み、ひたすらプレゼンの練習をしました。
朝倉:そこまで知識を体系化して、しかも実地としてピッチを行う場があるというのは、得難い体験ですね。
内藤:はい。あの経験をできて、本当にありがたかったなと思っています。
朝倉:最初からピッチはうまくいった?
内藤:全くです……(笑)。1週目には僕は1票も入れてもらえず、最下位でした。めちゃくちゃへこみましたね。最初は聞かれる内容が分からなかったので、質問を受けても返答がすぐにはできませんでしたし、すごく悔しかったです。
でも、週を重ねていくうちに、段々と聞かれる内容が予測できるようになっていったので、毎回受けるフィードバックを参考にしながら、なんて答えたらいいかを準備して、英語での練習を徹底して行いました。
順位は毎回積み重なっていくんですが、最終週の12週目には、初回はビリだった僕が1位になることができました。
投資家が聞きたいポイントを押さえる
朝倉:ある種、資金調達の模擬試験ですね。資金調達って、起業家にとっては負担が大きいという側面もありますよね。投資を受けるまでのプロセスではいろんな資料を開示しなければならないし、その間に様々なコミュニケーションも発生しますし。
その過程で、「自分はお金を集めるために起業をしているんじゃない。プロダクトに集中したい。資金調達はCFOに任せられるなら任せたい」という思いになる人も多いのではないかと思いますが、実際にやってみてどうだった?
内藤:前提として、投資家とのコミュニケーションと顧客とのコミュニケーションと、社内でのコミュニケーションは伝え方やポイントなどが全く別物だということを学びました。投資家へは投資家の言語があるというか、投資家が聞きたい内容はある程度決まっているように思います。
それを自身で行っていく過程で、ディフェンシビリティを考えなければならなかったりと、自分の考えも整理されていったので、やってみてよかったなと思っています。
朝倉:事業の構築方法そのものに対するフィードバックを得ることができたということですね。
内藤:そうですね。同時に、投資家へのメッセージだけが全てじゃないと分かったことも大きな意味があったように思います。
朝倉:それはフィードバックを真に受け過ぎてもダメだな、ということ?
内藤:例えば、マーケットサイズなどに関しては、正直よく分からないなと感じました。
朝倉:TAM(Total Addressable Market)がどれくらいかとか?
内藤:TAMがいくらかなどを検討することによって、もちろん整理されることもあるんですが、例えばAirbnbも初期のピッチデック(プレゼン資料)では相当小さいマーケットサイズを出していましたし、最初はよく分からないんですよね。投資家は安心したいんだとは思いますが。
朝倉:ある意味、頭の体操みたいなところはあるよね。実際にそのインキュベーション・プログラムに参加してみて、会社自体は何か変わりましたか?
内藤:Y CombinatorのデモDayだと100社から200社が多くのインベスターに一気にピッチする形式ですが、ジェイソンのプログラムだと著名な投資家に個々で会えるので、そこで投資家と繋がって、アクセラレータ後に資金調達をすることができました。ジェイソンのアクセラレータに参加したことで資金調達は相当しやすくなりましたね。
朝倉:ファイナンスは会社にとって重要な要素ですもんね。
内藤:はい。それが無いと始まりませんし。資金調達という意味でも経験値という意味でも、ジェイソンのアクセラレータに参加して本当によかったと思っています。
朝倉:なるほど。今後、Anyplaceをどういう風に発展させていきたいかというビジョンをぜひお聞かせください。
内藤:もともと僕がシリコンバレーで起業しようと思ったのは、ジャック・ドーシーやエヴァン・ウィリアムズ(共にTwitter創業者)に憧れがあり、グローバルなプロダクトを作りたいと思ったからです。なので、Anyplaceもアメリカだけではなく、ヨーロッパやアジアなど、世界中の人に使ってもらい、世界中で愛されるようなプロダクトにしていきたいです。
朝倉:アメリカにとどまらず、グローバル展開をしていきたいということですね。今日はありがとうございました。
内藤:はい! ありがとうございました。
本稿は、Voicyの放送を加筆修正したものです。