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うーむ、安彦良和も、たまらんちゃん。島根の、個展に行きたい!

絶対、この人の絵だけはマネできない。
そういう人が、何人かいる。

安彦良和は、間違いなく、まさにその一人だ。

実際、若い頃、何度もアムロを真似書きしても、結局、似なかった。
シャアは尚更だ。
私だけじゃない。
安彦シャアは、絶対、誰にも真似できない。
安彦さん本人が描いたものか否か、まず99パーセントの確率で、私は判別できる自信がある。(←ホントか?お、おう笑)
トニーたけざきさんでさえ、「違う!」と見抜く自信がある。笑


実は、今回の投稿のきっかけは、これ。

昔、八王子で、安彦さんの生原稿は間近に見たことがある。
特に若き日の、安彦氏のポスター作品。
言葉では言い尽くせないほど、たまらない魅力があった。

まず、あの作品のクオリティを、意外なほど小さいサイズのボードに、主に水彩絵の具(ガッシュ)だけで描いてる、っていうのが、衝撃だった。
そして安彦さんの色使い。
まさに天性。
そうとしか言いようがない。
宇宙を緑で塗るなんて、ちょっと想像できないよ。
CGがどんなに進んだって、安彦さんの画風再現は、極めて難しいと思う。
時代が変わっても、機械には永遠に勝てない。
まさに、人間芸術だと思う。

ガンダムの1作目映画ポスターもそう。
あの配色。構図。
そしてアムロが空を仰ぎ見る、表情。目の輝き。
たった1枚の絵の中に、それまでの「子ども漫画」の枠に収まりきらない、オトナっぽい壮大な世界が見えた。
「アニメは、こどもだけのものじゃない」
そう思わされたのは、まぎれもなく、あの1枚のポスターが初めてだ。
「今さらロボットアニメなんて恥ずかしい」というのが、あのポスター1枚で変わった。
そこまで、断言できる。

とにかく、特に80年代前半の安彦さんには、誰も寄せ付けない、追いつかないようなオーラがみなぎっている。
安彦さん本人でさえ、あの頃の自分は、きっと越えられないだろう。

宮崎駿が「風立ちぬ」の中でカプローニ氏に語らせた言葉が、頭をよぎる。

「創造的人生の持ち時間は、10年だ。
どの職業でもだ。
君の10年を精一杯生きなさい。」

安彦さんの絶頂期作品を見ると、その言葉の真実性を思い知らされる。

そして、人生の短さと儚さに、ちょっと切なくなる。


幼き日に出会った安彦画たち。

「ダーティペア」の表紙を飾りたいだけのために、高千穂遙の単行本を買った。
読むのではなく、表紙を本棚に飾るためだ。
(※TVシリーズの土器手司さんは、あれはあれでカッコよかったけど)

さらに、それよりもっと前。
ガンダムはもとより、「ろぼっ子ビートン」、「巨神ゴーグ」、「クラッシャージョウ」。
私の幼少期の記憶を並べていくとするならば、ところどころに、安彦氏のビジュアルアートの断片が、強烈な印象を放って登場する。

ビートンの超合金が欲しくってたまらなかった、幼児期。
私、実はその頃、ビートンは藤子不二雄の作品だと、勘違いしてた。
藤子マンガは昔からお気に入りだったし、それと似た毛色の、上品な画風を感じたからだ。
安彦さんだと知ったのは、それから随分、後のことだった。
でも安彦さんはビートンを「オバQみたいなアニメ」というオーダーの元で描いたと、後に語ってる。
てことは、「ああ、私の感じた印象も、あながちハズレではなかったんだなぁ」なんて、変に納得しちゃった。
(絵柄としての上品さ、って話ですよ。今から見ると、内容的には一部ですが「おいおい」なんですけどね汗。でもそれさえも、当時は「ふーん」って感じで普通に見ていた。下品さとか妖しさがなかったからでしょうね。あと、安彦さんはあくまで、キャラクターデザインとか画面作りとしての参加ですからね。念の為。)

そして、ビートンもそうだが、安彦さんは、トレースというか、他人の画風を壊さない程度に取り入れて料理するのもまた、うまい。
やはり、アニメーター出身だからかな。
大河原さんのモビルスーツ設定原稿のクリーンナップとかね。
ゴーグでは、佐藤元さんや永野護さんのデザインメカも、「安彦テイストだね」と言える表現がなされている。
いやそれどころか、ゴーグなんて、全シーン「動く安彦原画劇場だ」と勝手に思ってるくらいだ。
(まあ実際は、回によっては別のスタッフも作画監督で参加しているが。)
ヤマトのポスターも。言われなければ、安彦さんの絵と気づかないくらいだ。


まとめ

今回の個展でも、きっと公開されるであろう原画や絵コンテ。
まさにスピード勝負、一発描きの世界。
その人の才能そのものが、はっきりと出る領域だ。

島根か・・・やや遠いな。
でも、これは行きたい!

※サムネ画像は、市販のDVDパッケージより引用させていただきました。

2024.11.04


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