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(ボッチズム)「一人でいさせてもらえる」ことに、社会が寛容になれるといいな。(一人好き)

私は、ぼっち好き。自称、「ボッチスト」だ。
一人旅の投稿を書きながら、改めてその辺について詳しく書きたいと思った。

みんなでワイワイやっているコミュニティを見てると、微笑ましくはなる。
素敵だなってのも、分かる。
傍観しているだけなら、心地よい。

でも、その輪の中に、自分が交わりたい、参加したいとは、全然思わない。
そういう性分なんだ。

ミニマリストに憧れたのも、あの静寂感なんだ。
ひとりで静かに、穏やかに暮らせること。
そこに最高に惹かれたんだ。

しかしこの国の文化は、何だろう。
ひとりでいることに対し、とかく否定的にとらえられる。
「わがまま」「エゴイズム」「協調性がない」「コミュニケーション能力が低い」
などなど。
横並びであれ、といった同調圧力が、あまりにも強過ぎる。
ひとりでいることが悪事であるかの如く、言われる。

そういう場面は、これまでも数えきれないほどあった。

だから、息苦しい。

でも、4年前の大騒ぎも相まって、ようやく「人と触れ合わないこと」の権利が徐々に認められてきたような気配を感じる。
「ひとりでもいいんだ」ってことを、やっと世間が理解し始めたような気がする。
本当に、ようやく、やっと、ではあるが。まだまだな面もたくさんあるしね。

ともあれ、「ぼっちズム」(ぼっち主義ってことね)が、もっと認知される時代が来るといいね。

何も、特別な権利なんかいらない。
他の人が何人で集っていようと、それは自由だ。
ただ、「一人でいたい」人間が、「一人でいさせてもらえる」権利。
それを認めてもらえるだけで、いいんだ。
そういう寛容な社会になるといいなぁ。

おしまい。


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