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私が、テレビ番組のADを辞めた理由

注:私は民放の情報番組のアシスタントディレクター(いわゆるAD)を2017年より2年弱していたものです。他の番組には当てはまらない内容もありますので、あくまで参考になれば幸いです。

私はおよそ2年前に、テレビの情報番組のアシスタントディレクター(いわゆるAD)を辞めた。それを聞くと、「あ〜、3K(汚い・臭い・給料安い)だからね」と思う方もいるかもしれない。しかし、私の場合、この理由は当てはまらない。

何で辞めたんだろう?

今更考えるのは、面白い。現在、私は双極性障害(躁うつ)と向き合っている。もしかすると、この記事を通してこの躁うつの病理が少しでも解明できるかもしれない。もしかすると、自分の仕事に対する価値観や向き合い方がもっとわかるかもしれない。少し、ワクワクする。

とは言っても、自分が辞めた理由くらい、大体わかっている。私は精神を病んだのだ。自分自身が誰だったのかわからないところまで、追い詰めてしまったのだ。

30時間の連続労働。 自分のミスすら、思い出せない

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オンエア後は、よく山手線を3周して帰った。番組に使用したDVDを返却するためTSUTAYAに行こうとしたところ、気づくと聞いたこともない千葉の田舎駅に到着していたこともあった。ATMから現金を引き出したのに、現金を取り忘れたこともあった。

これは、とにかく眠すぎて起きた、オンエア後のエピソードである。仮眠もなく30時間も連続で働くのだから、このようなことが起こるのも、無理はない。

他にもある。家に帰る途中、眠すぎるあまり、通勤する人々が行き交う駅の改札付近の床で寝た。電車の座席横の手すりに自分の腕を巻きつけ、それに全体重を預ける形で、頭が真下を向いている状態で寝た。よく「大丈夫ですか、大丈夫ですか??!」という声が聞こえたり、ある時は突然肩を叩かれて「どうぞ」と席を譲って下さった方もいた。(ご心配してくださった皆さま、席を譲ってくださった皆さま、本当に有難うございました。)

最寄り駅から自宅までの帰り道の記憶もない。自転車に寝ながら乗っているような感じである。

これだけならまだいいのだが、これだけにはとどまらない。一番キツかったのは、自分のミスすら、眠すぎて思い出せないことである。間違えても、間違えた記憶がなければ、反省することすらできないのだ。

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私は、藤井聡太がまだ四段だった頃、将棋関連のネタを担当していた。ある時、ディレクターからこう頼まれたことがある。

「〇〇(将棋棋士の名前)と〇〇(将棋棋士の名前)が対局している写真をダウンロードしておいて!」

この写真は、生放送のスタジオで使用する大きいボード用のものであった。私は、言われた通り、写真素材サイトからこの写真をダウンロードした...はずだった。

しかし、もうお分かりのとおり、その写真は間違っていたのだ。別の棋士の対局写真だったのである。

放送終了後に、ディレクターから説教を受ける。「なぜ間違えたんだ?」「写真のキャプション(説明部分)を読まなかったのか?」。

私は黙ったままでいるしかなかった。確かに自分はその写真を選んだのだろうが、どうしてそれを選んだのか、覚えていないのだ。「ちゃんと検索したはずなのに、なんでこの写真はヒットしたんだろう?」「何を考えてその写真を選んだんだろう?」。怒られても、眉をしかめるしかない。「こんなことやったっけ?」と身に覚えがない。怒涛の忙しさの中で、膨大なタスクを短時間でこなしているので、覚えていない。間違えた記憶がなければ、反省ができない。これが、一番辛かった。

・・・

そして、もう一つ。しばらくすると、自分自身が何をやらかすのか、自分で自分が怖くて仕方なくなってしまったのである。

自信の欠如。

自分が言うことを、自分が信用できなくなってしまった。自分の口が話すことは全て、正しいかどうか危ういことのように聞こえた。

そうなると、「できるだけ意識をはっきりさせておかなければいけない」「眠くなるとミスをしてしまう」という過剰な恐怖が出てきた。さらには、「人よりも仕事が遅いので、焦らなくてはいけない」と思うようになった。人よりも劣るのならば、人よりも緊張感を持って仕事に取り組まなければいけないと思ったのだ。

もしかすると、この時から「眠りに落ちる恐怖」があったのかもしれない。安心する・休むということに対して、「危険だ」と思うようになったのかもしれない。

これは、野生動物の「爆睡すると食われる」という感覚だろうか。「常に交感神経優位でいなければ、死ぬ。休むことは恐ろしい。」こうして、躁うつの症状である「焦燥感」や「不眠」が付いて回るようになったのかもしれない。

まるで"動物園"。うるさい環境下で、タスクの優先度が変動する中、マルチタスキングが求められる

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テレビマンはよく「ネタ」という言い方をする。例えば、【座間の殺人事件】【羽生結弦が優勝】【ナイナイ岡村が結婚】のような、番組内で報道するニュースのことだ。

この番組内で報道するネタが、オンエア前日からオンエア直前までのおよそ24時間に、よく変動する。騒々しいスタッフルームに「ピロリロリン、ピロリロリン」と速報を知らせるアナウンスが流れる。もしくは、「〇〇(選手名)が優勝したぞ〜」「〇〇が逮捕されたぞ〜」というプロデューサーの声が響き渡る。

すると、すでに取材やVTRの準備が進んでいる既存のネタがあっても、このように新しいネタの方が視聴率が取れると判断された場合には、既存のネタは"飛ぶ"。つまり、既存のネタは差し替わり、なくなるのだ。

すると、ADはどうなるのか。もしも自分が担当していたネタが飛んだ(なくなった)場合には、新しいネタを担当することになる。もしくは、人手が足りていない既存のネタを担当することになるかもしれない。つまり、今まで進めていた準備が全て無駄になり、また一から準備を始めることになる。

また、それとともに、ADが担当するディレクターも代わる可能性がある。その場合には、また一からコミュニケーションをとり、ディレクターとやるべきタスク(必要な素材・許諾・取材など)を確認する必要がある。

こんなことが度々発生するので、スタッフルームはいつもうるさい。私はいつからか、これを皮肉って"動物園"と形容するようになった。こんなうるさい環境下で、タスクの優先度が変動する中、マルチタスキングが求められる。この中で集中しろと言われても、自分には無理だった。

別に、時間がいくらでもあるならいいのだ。1人でゆっくりタスク整理をして、落ち着いてタスクをこなしていけばよい。ただ、そうはいかないのがテレビ業界である。やることは膨大にも関わらず、時間は刻々と迫ってくる。時間に遅れると、ものすごい形相で怒鳴りつけてくるディレクターもいる。オンエア前日の深夜には、私のストレスは度々ピークに達していた。

マルチタスクができず、ミスが多い

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ある日、オンエア終了後の会議で、私はこんなことをプロデューサーやディレクター、AD陣を前に、涙ながらに話したことがある。

「私は、Windows95です。ワーキングメモリやCPUが足りないので、マルチタスクができず、ミスが多いです。申し訳ありません。」

なぜこんなことをみんなに伝えたのかと言えば、私にはミスが非常に多かったからだ。

正直、ADの中でも、数十名のうち上位3名に入るほどには、怒られたと思う。怒られすぎるあまり、「自分は異常だ、病気だ」と思っていた。よくオンエアが終わって時間ができると、【マルチタスク 苦手】のような検索ワードで、これが何の病気なのかを知ろうとしていた。すると、決まって【発達障害】という言葉が出てくる。

私が検索してよく見ていたサイトは、以下のようなものだ。こちらは、発達障害特有の事例がわかりやすく載っている、素晴らしいサイトである。これを見ては「自分は1人ではない」と言い聞かせ、自分を落ち着かせていた。

このような情報を得られたことで、少なくとも自分には、発達障害の傾向があると知っていた。このオンエア後の会議で、発達障害であるとは言えなかっものの、それを示唆するような言い方をすれば、周りの理解も少しは得られるかもしれないと思ったのだ。

現に、最近精神科で「人口の約15%が当てはまる、発達障害のグレーゾーンに入る」と診断された。(ちなみに、発達障害は人口の3%程度)

発達障害のグレーゾーン... 発達障害の症状は見られるものの、発達障害の診断基準を満たさない状態を指す俗称。そのため、発達障害との確定診断をつけることができない状態のことを言う。(出典:りたりこ仕事ナビ

勉強は、勉強した分だけ成果が出た。だが、AD業務は、やってもやっても中々成長しなかった。まるで、社会人になって人生が転落したようだった。

「学生時代は順調だったのに、社会人になってから全くうまくいかない。」

その時からすでにわかっていたが、これが近年よく言われる「大人の発達障害」のようなものだったと思う。学生時代には問題がなかったのに、社会人になって突如問題が出てくるのだ。私のような事例が、典型的な事例なのだと思っている。

自分が誰だったのか、"忘れてしまった"

このような働き方を2年弱していて、漸く自分がおかしいと気付くきっかけとなった出来事がある。

ある日、テレビ局の壁に貼ってある1枚のポスターに目が止まった。それは確か、LDH系の宣伝ポスターだった。別に、私はEXILEや三代目などのLDH系グループが好きだったわけではない。ただ、そのタイトルの赤い文字の「赤」を何分も凝視していた。その「赤」をずっと見ていても、飽きることはない。そこに、自分の流血が見えた。

「もう限界なんだな」

自分が限界である、ということを漸く認識した瞬間だった。この時には、自分がどのような声色で、どのような話し方で、どのような話をする人間だったかも覚えていなかった。"空っぽの箱"と化していた。

他にもADを辞めた理由は様々であるが、今回は精神的・肉体的な苦痛を中心にお話してみた。もちろん、面白かったこともあるので、それはまたの機会にお伝えしていきたい。

とにかく、ここまで限界まで働くことは、人間にとって不健康であり、絶対にやってはならない。皆さんには、お体をお大事にしてください、とお伝えしたい。

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