これからの街づくりには“文化”を育てる覚悟が求められる──「ポスト・コロナの夜と街づくり」トークセッション開催レポート
文化や多様性を纏う人間中心の都市をつくるためには、ナイトタイムエコノミー活性化が欠かせないはず──。
ナイトタイムエコノミー推進協議会(以下、JNEA)は、文化・観光・まちづくりのエコシステムを整備し、業界の垣根を超えたナイトエコノミーの推進を実現するべく、「Voices of the Night」と題したイベントシリーズを展開しています。ナイトタイムエコノミーに関わる多様なステークホルダーが対話できる土壌をつくることで、新たな夜の価値を掘り起こし、社会へと実装していくことを目指しています。
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2022年10月13日には、イベント「Night Camp TOKYO Vol.2」を開催。ワークショップやトークセッション、ネットワーキングイベントを通じて、夜を起点に都市を豊かにしていくための視座と実践のためのアプローチについて考えていきました。「夜の価値」を私たちの日常に取り戻すための“決起集会”とも言える本イベントで語られたことをお伝えしていきます。
夜を起点に、都市の文化と多様性を育む
トークセッションでは、東京大学にて准教授を務め都市計画を研究する中島直人さん、株式会社スピーク/公共R不動産にて夜を起点にした公共空間の利活用を推進する松田東子さん、コンテンツレーベルの黒鳥社を率いる編集者の若林恵さん、全国各地で「食」や「カルチャー」を軸とした場づくりを行う水代優さんをお招きし、JNEA代表の齋藤貴弘をモデレーターに、「ポスト・コロナの夜と街づくり」について議論をしました。
そこで語られたのは「個人の創造性を育む土壌としての夜の価値」や「企業中心の論理と個人のクリエティビティを擦り合わせていくことの重要性」でした。
斎藤 これまで日本のナイトタイムエコノミー施策は、観光・インバウンドの文脈を中心に議論されてきました。オリンピックなどの大型イベントに合わせて夜の消費をどう増やしていくか。経済的な指標のもとに、夜の価値は測定されていました。しかし、夜は創造性に富む文化的表現の場であり、交流を深める場でもあります。「夜の持つ文化的・経済的・社会的価値を包括的に捉えることがこれからのナイトタイムエコノミー推進には重要なのではないか」「夜を活性化することは、都市の多様性や文化性を高めることにつながるのではないか」そんな仮説のもとに、本日は「まちづくりと夜の関係性」について議論できればと思います。
中島さんは文化的・社会的視点から現代の都市計画を捉え直す研究をしていると思いますが、都市計画と夜の関係性をどのように捉えているのでしょうか?
中島 まちづくりにおける夜の重要性を考えたときにまず想起されるのが、戦後の東京復興計画を先導し、歌舞伎町生みの親とも言われた都市計画家・石川栄耀氏が提唱した「夜の都市計画」という考え方です。夜は余暇などではなく、そこにこそ人生の本質があるのではないか──。産業は都市を維持させていくために必要な「都市の釜戸」なんだけれど、釜戸の火が消えた後にこそ深い話ができる。夜を起点に都市のあり方を考えていくことで、一言で言えば都市がもっと優しくなる、人と人がもっと素直に交われてコミュニティが生まれていく。昼間の産業・経済主導の都市計画だけでなく、夜の生活・文化中心の都市計画があるべきだとする考え方です。今から約100年前に提唱された都市計画論ですが、経済が巨大化する現代において産業・余暇・人生との関係性を改めて捉え直すことが重要ではないでしょうか。
斎藤 松田さんは、ロンドンへの在住経験を持ち、Night Czar(夜間活動における多様なステークホルダーを調整するための夜の市長)のAmy Lamé氏への取材経験もあると思います。日本がナイトタイムエコノミーを推進していくにあたって、ロンドンからどのような視座を得られたのでしょうか?
松田 彼女も「Night Life」ではなく「Life at Night」と言っていて、まさに「夜の娯楽」という狭い意味ではなく「人生」や「ライフスタイル」として捉えていますね。現代の日本の都市計画において、夜は単なる娯楽の時間として位置づけられていると感じます。私は2017年からの3年間をロンドンで過ごしたのですが、市民全員の生活のクオリティを上げるためにナイトタイムエコノミー施策が推進されていると感じました。医療従事者や物流事業者といったナイトワーカーのために夜間交通の充実を図ったりと、彼/彼女らの人生を豊かにするための議論がなされています。一方で東京には認可が降りている夜間保育所が4箇所しかなかったりと夜に対する向き合い方に差を感じてしまいます。
若林 今までの企業中心社会では、昼は企業に勤めて、夜はそのガス抜きをするというのが基本の構成要素として想定されていました。しかし、働き方の選択肢が広がり、人々のライフスタイルが多様化する現代社会においては、昼と夜を平準化して考えることは必然のようにも思えます。昼間は寝ていたいから夜に働くという人がいてもいいように、社会が多様性を唱える限り、マジョリティーの人間が生きてる時間構成が解体されていかないとおかしいですよね。
斎藤 昼と夜の垣根を超えた24時間都市を実現するにあたって、どのような実践や座組が求められるのでしょうか? 全国各地にて官民の垣根を超えたエリアプロデュースを率いてきた水代さんに求められる視座についてお伺いしたいです。
水代 夜が静か過ぎるのは問題だと思います。夜の公園でイベントをやろう、ナイトワーカー向けに24時間託児所を作ろうとなっても、夜は静かにする時間という共通認識が強すぎてうまく身動きを取ることができない。まずはデベロッパーや行政、生活者などの夜に関わる多様なステークホルダーに夜の本質的な価値を理解してもらうことが大切なのではないでしょうか。
若者が恋をして、夢を追いたくなるような夜
斎藤 若林さんにはJNEAが夜間文化価値調査「Creative Footprint TOKYO」にも制作協力をいただきました。改めてナイトタイムエコノミーを推進させていく(昼と夜を平準化していく)には、どのような視座が重要になってくると思いますか?
若林 「若者が恋をして、夢を追う舞台に日本の夜がなり得るのか」は結構重要だと思います。バブルの時代にはギラギラとした東京の夜を舞台としたラブロマンス作品が多く描かれていましたし、今の韓国ドラマを観ても街がそんな若者の舞台として華やかに描かれている。でも、今の日本のドラマを比べて観ても街が全体的に暗いし、実際の街もそうなのかもしれません。ナイトタイムエコノミー推進の議論では、一番の当事者であるはずの若者があまりに大事にされていないような気がするんですよね。
斎藤 若者が恋をして、夢を追いたくなるような夜……。実際にどのような景観が求められているのでしょうか。
中島 ひとつは、夜と昼という二項対立の構図を捉え直すことが重要ではないかと思います。夜という時間を一括で捉えるのではなく、時間帯ごとのランドスケープや人々の過ごし方を切り分けて考えることで、より創造的な都市が生まれるのではないでしょうか。たとえば、ニューヨークのブルックリン・ブリッジ・パークでは夕方から野外で映画を上映しているのですが、最初は周囲がまだ明るくて画面がほとんど見えないんです。ただ、時間が経過すると段々と夕日が落ちてきて、画面が鮮明に見えるようになってくる。映画のスクリーンを通じて昼から夜への時間の移り変わりを感じられます。そこには言葉では表せないようなロマンチックな風情がある。夜という大きな自然現象に上手く介入することで、人間の手だけでは作れない演出や表現を実現する。すごく創造的な行為だと思います。
松田 都市が人々の心を打つような情緒的価値をつくり出していく。大切な視点ですね。私の所属するオープン・エーでは、薄暗く怖いイメージのある夜の公園に移動式の花火屋を設置する「公園の花火屋さん」を企画・運営していたのですが、このプロジェクトは日本文化を象徴する“花火”がコンセプトだったからこそ成立したと思うんです。それまで公園で火を使うのは禁止されていたけれど、「手持ち花火を通じて、人々のつながりを育む」というコンセプトが人々に響いたからこそ、その規制を撤廃することができたわけで、夜のもつ情緒的な価値の力を実感しました。
都市体験を差別化する「ローカル」と「オーセンティシティ」
若林 花火だったり、時間の移り変わりだったり、人を動かすような冴えた企画やコンテンツをつくり込んでいくことは重要ですよね。今の都市計画ではハードやコンセプトをつくることにばかり重きが置かれていて、ソフト、つまり中身を考えることが蔑ろにされている気がします。「多様なバックグラウンドを持つ人々が集う場所が必要ですよね」といった抽象的な話はできても、じゃあ具体的に何をするのかを考えられる人は少ないんじゃないかと思いますし、その人たちにどれだけの権限が与えられているのかも重要ですよね。本当に大切なのは、ディテールまで作り込まれた企画・コンテンツだと思います。
斎藤 人々の心を惹きつけるコンテンツを街に実装しようとしたときに重要なのが、カルチャーセクターの存在なのかなと思っています。いまの観光のトレンドとして、わかりやすくパッケージ化された観光ツアーなどではなく、地域のリアルな生活の息吹を感じられるような「ローカル(地域性)」と「オーセンティシティ(本物感)」ある体験が人々を魅了する観光体験だと言われています。まちづくりにおいてもデベロッパーによるトップダウンの取り組みを実施するだけでなく、そのエリアのアーティストやクリエイターのつくり出すボトムアップなカルチャーを巻き込んでいくことが都市体験をより豊かにしていくはずです。
水代 一方で、まちづくりにおいてどのようにアーティストやクリエイターを巻き込んでいくかは難しい問題ですよね。大企業やプラットフォーマーの思想とアーティストやクリエイターの思想は対立することが多く、(意図せずとも)企業側の一方的な搾取になる事例もよく見られます。両者の目線合わせをするステークホルダーの存在が益々重要になっていると感じます。
若林 その話を聞いていて思い出したのが、「Another Real World」(世界の先進的な都市を訪ねて、これから人の暮らしが一体どのように変わっていくのかを探る旅のプログラム)でも取材を実施した、ロンドンの著作権管理団体「PRS」による基金「PRS Foundation」です。PRSは日本のJASRACと同じく著作権使用料を徴収して作詞作曲家やアーティストに分配する団体ですが、著作権使用料の一部を基金にして、その基金をもってアーティストの支援・育成や環境整備に向けた活動を行っています。音楽シーンには音楽の持続可能な成長を阻害してしまう様々なギャップが出てくる。例えば、アーティストが都市部に一局集中してしまったり、性別や人種、経済的な格差、障害によって多様なプレイヤーが参画できなかったり。シーンにどのようなギャップがあるかをリサーチし、そのギャップをなくしてあるべき姿に正していく。現場のコンディションを正しく把握するために、現場に近いところにいるリサーチチームが重要になってきます。
斎藤 とても興味深いですね。日本においてPRS Foundationのようなプレイヤーが登場するには何が必要だと思いますか?
若林 アーティストやクリエイターをサポートする立場の人たちがもっと“当事者性”を持つことが必要だと思います。基金の運用を担うPRS Foundationのメンバーは自身でもバンドやっているなど、アーティスト側の目線も持ち合わせている方が多いんですよね。カルチャーの現場の温度感やニーズを解像度高く把握していて、何がイケてるのかを分かっている。アーティストやクリエーターを経済論理の中にただ組み込むのではなくWin-Winな関係を築いていくためには、お互いが使用する言語を揃えて、歩み寄っていく姿勢が大切です。
個が主体となる社会での“夜の価値”
松田 地域で草の根的に活動する人々であったり、いまのまちづくりの外側にいる人々の声を聞いたりすることは改めて大切だと感じました。先程も名前を出したロンドンのAmy Lamé氏は、彼女自身が移民でLGBTQ+の支援団体を設立するなど草の根の活動をしてきた人物であり、マイノリティの声を代表する立場としてNight Czarに選ばれています。彼女だからこそ、街の人の心を開くことができて、多様な意見を吸い上げられるところがポイントかなと思っています。まちづくりや行政セクターには現場の声を解像度高く捉え、より大きくしていく姿勢が求められているのではないでしょうか。
若林 「自分だったら夜を舞台にこんな事業や体験をやってみたい」ということを想像できる都市をつくることが大事なのかなと思います。これからの社会はすべての個人が情報の受け取り手であると同時に発信者でもあります。クリエイターエコノミーや自律分散型社会の構想が勢いを増していることを考えても、その変化は不可逆的なものだと思います。そのなかで、大企業の介入が比較的少なく、個人を主体として経済が醸成されている夜という時間から私たちが学ぶべきことは多くあるのではないでしょうか。そこに大企業や行政などが関与したいのであれば、大企業やプラットフォーマーが「草の根的な活動が生まれやすい環境をどのようにつくることができるのか?」という問いに向き合っていくことは、これからの社会をより良くしていくために重要だと思います。
水代 同感です。クリエティビティを持つ個人が活躍し、新たな文化を育む舞台として夜は重要な価値を持ちます。そんな夜の価値を最大化し都市をより豊かなものにしていくためにも、都市が文化を育て、文化が都市にその価値を還元していく循環をより強化していく覚悟が求められていると感じました。文化を消費する都市から文化を育てる都市という視点がとても大切です。現在もビジネスを育てる試みとしてインキュベーション施設などがつくられていると思いますが、ビジネスだけではなく文化を育て、その役割を高めていくための活動がまちづくりとして重要なはずです。
中島 ナイトタイムエコノミーを活性化させることは、アーティストからナイトワーカーまで多様な人々に都市を開いていくことと同義ではないでしょうか。「誰一人として取り残さない」というのは夜に限らないまちづくりにおける重要なテーマです。夜を活性化することは、多様性や文化性を纏う豊かな都市をつくることにつながっていくはずです。