メゾン・ケンポクと『流域外分水』/三橋さゆり×磯部祥行×松本美枝子トークイベント in 常陸太田
2024年11月30日、茨城県常陸太田市のメゾン・ケンポクで、三橋さゆりさんの『山の向こうから水を引け! 地図と地形でわかる日本の川と流域外分水』のトークイベントが開催された。
メゾン・ケンポク」とは、「地域に開く研究室・アートセンター」としてアーティストの松本美枝子さんが2018年から運営する施設。最近では茨城の地域おこし協力隊の活動のベースともなっている。茨城県北地域は隊の活動が活発で、アーティストの松本美枝子さんが牽引役となって隊員、地域の皆さんが連携する事業も同時に行ってきた。
松本さんは、アーティスト活動の中で、地質学者と歩いて制作するなど、地域の生活や環境への関心がとても高い。青森公立大学 国際幻術センター青森の長期レジデンスプログラムでは『具(つぶさ)にみる』を発表し、その視点は「見渡せない」「もどかしさ」とも評された(同展カタログ 青田麻未の解説より)。その松本さんにとって、三橋さんは、三橋さんが市原市副市長だった時代に関わった「いちはらアート×ミックス」レジデンスプログラム以来のアートの仲間であり、地理系の仲間でもある。東京の河川をテーマに松本さんが制作した作品では、三橋さんがリサーチャーとして関わったという。そんな背景があって、ここ常陸太田市での開催となった。
さて、その常陸太田市。鉄道ファンには水郡線の終点として、また、かつては日立電鉄が発着していた街として全国的に知られた地名ではあるが、地形をみると非常に興味深い。源氏川と里川に挟まれて「鯨ヶ丘」と称される岬状の台地があり、そこを棚倉街道が通っている。台地上にはかつて佐竹氏の居城があり(関ケ原の戦いの後に秋田に転封)、近年までは市役所を始め大きな商店街・ビジネス街があった。ここに「流域外分水」はないが、地理系の話をするのにふさわしい場所だ。
トークは、まず「川の流域とはなにか」から始まった。来場者は、地理が好きな方もいるけれど、メゾン・ケンポクのイベントのファンの方のほうが多い。地理系のことをあまりご存じない方もいるので、基本的なことから話す。
そもそも「水を資源と考える」ということ自体、農業に関わっていなければ、まず意識することがない。普通は「飲料水が足りないから引いてくるのかな?」くらいの感覚だろう。
流域の話の次は、いよいよ「流域外への分水」の話だ。まず、福島県の安積疏水の図が示された。これは、日本海側に向かって西(地図でいうと左)に流れ出す福島県の猪苗代湖の水を、奥羽山脈にトンネルを掘って東(同右)に流し、郡山の盆地を沃野に変えるもの。全国の流域外分水の多くはこうした目的を持っている。もちろん、元々の水の流れの利用は既得権益もあるので調整は難航するが、地域で問題を克服し、整備してきた。その多くは農業用水だ。
余談ながら、メゾン・ケンポクの前を通る棚倉街道、あるいはJR水郡線で郡山と結ばれている(水郡線の「郡」は郡山を意味する)この地域だが、郡山市と安積疏水を知っていた方は…ほぼいなかった模様。
あまり馴染みがない遠方の地域の地図を解説してもおそらくわかりづらいので、施設を中心に、水を堰き止める/分ける/揚げる/流すなどの話を継いでゆく。分水は「システム」なので、そのダイナミックさがわかってくると、我然おもしろくなるはずだ。
磯部からは、こうした本で使われる「地形の凸凹がわかる地図」の歴史を簡単に紹介した。1990年代から国土地理院が地形のデータを整備し、それが精細になり、かつ無償で利用しやすくなることによって、地理の知識がなくても感覚的に地形を把握できる、非常にわかりやすい地図が作れるようになった。『地図と地形でわかる日本の川と流域外分水』が刊行できたのも、そうしたデータが整備されたおかげといっていい。
1時間半ほどのトークが終わり、質疑応答のあと、サイン会となった。著書もたくさんお求めいただいた。
そして翌日は、有志で常陸太田の街…鯨ヶ丘と「七井」「七坂」などをめぐって2時間半ほど歩いた。常陸太田出身の方やいまお住まいの方もご一緒され、歩いた私たちはとてもリアルに街の様子を感じることができた。
最後になりましたが、イベントにご来場いただいた皆様に深くお礼申し上げます。